何のために生きるのか?
病気を告知されたのが30才の10月。(多分)
それから同時再建をするための生食バッグ(全摘した方に入れる)をUSAから取り寄せるため、
手術自体が待ちの状態だった。
手元に届くまでに2ヶ月かかると言われ、
その間経口タイプの抗がん剤を服用したお陰で激太り(号泣)
気がついたら10キロ太り、薬の影響で顔やら何やらがむくみ、
おまけにひどいふらつき感とめまいで自宅から出ることすら難しくなっていた。
その間、ずっと私は考えていた。
「何のために生きるのか?」
ガンの手術をしなければどんどん進行して亡くなることは知っている。
それを回避するために左胸は全て摘出するという選択を私はしていたし、
でもそこまでして生きる意味って何だろう?と。
…答えはなかなか出なかった。
途中通院している最中も迷いに迷って…
でも時は残酷に流れ、手術前日を迎えた。
…ただ、泣いた。
何が悲しいのか?何が怖いのか?私には分からなかった。
変態ではないけれど、鏡に自分の裸体を映し、
翌日には無くなってしまう左胸を見て…また泣いた。
告知を受け、あっさりと事実を受け止め、かっちり選択したはずだった。
それでも前日にはこんなにも不安になり、こんなにも切なくなるのか…
と思ったら、何もかもを捨てて逃げてしまいたくなった。
…でも逃げてもどうせ数ヶ月でこの世からいなくなってしまうんだ…
と思ったら、何だか悔しくなった。
「別にいいじゃん、片胸無くなったって。」
そう自分を納得させるまでにどの位時間が必要だっただろう。
今は覚えていないけれど、この性格なのであまり時間はかかっていないだろう(笑)
次の日。
朝早くに起きて病院に行くタクシー。
偶然女性ドライバーさんだった。
病院名を伝えた時、何かを感じてくれたのだろう。
沢山慰めてくれて、沢山励ましてくれた。
きっとこれは神様が与えてくれた温情だったのだと思う。
思わずタクシーの中で泣きそうになった自分がそこにいた。
数ヶ月前には「死んでしまおうか…」と思った自分が馬鹿だった。
こんな初めて会った人にも励ましてもらい、
家族や友達、そして大切な彼にも支えてもらえる幸せものなのに、
どうして死にたいなんて思ったんだろう?
…そう思ったら、手術でも何でも来い!と思える自分がそこにいた。
手術が終わり、痛みと麻酔の味でずっと吐いて苦しんでいた私だったけれど、
定期的に様子を見に来てくれた親友もいた。
短期の入院な上、吐きすぎてぐったりした見た目悲惨な私のために、
わざわざ彼もお見舞いに来てくれた。
あの時ほど、感謝と幸せを感じたことはなかった。
あれからもう大分月日は流れているけれど、
彼もいてくれ、親友もいてくれ、家族も温かく見守ってくれている。
…本当に私は幸せものだ。
今、病気と闘おうとしている人。
きっとアナタの周りにもアナタを見守ってくれている人がいる。
一人じゃないんだって思えたら、それはとても幸せな事だと思う。
止まない雨はない。明けない夜はない。
…悪い事があれば良い事がある。
それを私は体験したのだと今は思う。
…って堅いなぁ(笑)
さて表題について。
今私は何のために生きているのか?
多分それは…
まだやり残したことが沢山あるから。
いつ終わることのない、やり残しが沢山あるのだと思うのです。
自分の中の終着駅はまだ分かりません。
でも…終着駅を見つけられた時、恐らく次の終着点を見つけるでしょう。
…何せこういう性格ですから(笑)
そうやって人はゴールを延ばし続けて生きて行くのでしょうね。
…さぁどこまで続くのやら?(笑)
それから同時再建をするための生食バッグ(全摘した方に入れる)をUSAから取り寄せるため、
手術自体が待ちの状態だった。
手元に届くまでに2ヶ月かかると言われ、
その間経口タイプの抗がん剤を服用したお陰で激太り(号泣)
気がついたら10キロ太り、薬の影響で顔やら何やらがむくみ、
おまけにひどいふらつき感とめまいで自宅から出ることすら難しくなっていた。
その間、ずっと私は考えていた。
「何のために生きるのか?」
ガンの手術をしなければどんどん進行して亡くなることは知っている。
それを回避するために左胸は全て摘出するという選択を私はしていたし、
でもそこまでして生きる意味って何だろう?と。
…答えはなかなか出なかった。
途中通院している最中も迷いに迷って…
でも時は残酷に流れ、手術前日を迎えた。
…ただ、泣いた。
何が悲しいのか?何が怖いのか?私には分からなかった。
変態ではないけれど、鏡に自分の裸体を映し、
翌日には無くなってしまう左胸を見て…また泣いた。
告知を受け、あっさりと事実を受け止め、かっちり選択したはずだった。
それでも前日にはこんなにも不安になり、こんなにも切なくなるのか…
と思ったら、何もかもを捨てて逃げてしまいたくなった。
…でも逃げてもどうせ数ヶ月でこの世からいなくなってしまうんだ…
と思ったら、何だか悔しくなった。
「別にいいじゃん、片胸無くなったって。」
そう自分を納得させるまでにどの位時間が必要だっただろう。
今は覚えていないけれど、この性格なのであまり時間はかかっていないだろう(笑)
次の日。
朝早くに起きて病院に行くタクシー。
偶然女性ドライバーさんだった。
病院名を伝えた時、何かを感じてくれたのだろう。
沢山慰めてくれて、沢山励ましてくれた。
きっとこれは神様が与えてくれた温情だったのだと思う。
思わずタクシーの中で泣きそうになった自分がそこにいた。
数ヶ月前には「死んでしまおうか…」と思った自分が馬鹿だった。
こんな初めて会った人にも励ましてもらい、
家族や友達、そして大切な彼にも支えてもらえる幸せものなのに、
どうして死にたいなんて思ったんだろう?
…そう思ったら、手術でも何でも来い!と思える自分がそこにいた。
手術が終わり、痛みと麻酔の味でずっと吐いて苦しんでいた私だったけれど、
定期的に様子を見に来てくれた親友もいた。
短期の入院な上、吐きすぎてぐったりした見た目悲惨な私のために、
わざわざ彼もお見舞いに来てくれた。
あの時ほど、感謝と幸せを感じたことはなかった。
あれからもう大分月日は流れているけれど、
彼もいてくれ、親友もいてくれ、家族も温かく見守ってくれている。
…本当に私は幸せものだ。
今、病気と闘おうとしている人。
きっとアナタの周りにもアナタを見守ってくれている人がいる。
一人じゃないんだって思えたら、それはとても幸せな事だと思う。
止まない雨はない。明けない夜はない。
…悪い事があれば良い事がある。
それを私は体験したのだと今は思う。
…って堅いなぁ(笑)
さて表題について。
今私は何のために生きているのか?
多分それは…
まだやり残したことが沢山あるから。
いつ終わることのない、やり残しが沢山あるのだと思うのです。
自分の中の終着駅はまだ分かりません。
でも…終着駅を見つけられた時、恐らく次の終着点を見つけるでしょう。
…何せこういう性格ですから(笑)
そうやって人はゴールを延ばし続けて生きて行くのでしょうね。
…さぁどこまで続くのやら?(笑)