パーソナルカラーの歴史② | 工藤亮子 ~イメージコンサルタントの道~ なりたい自分は自分で選べる@銀座

先日のパーソナルカラーの歴史① の記事の続きです。


ご存知の方はスルーして下さいませ。



前回の記事に出てきたヨハネス・イッテン氏とロバート・ドア氏。


どちらが先かなどには諸説あるようですが,


ロバート・ドア氏の2分類法がまず考案され,それをもとに4分類法を提唱する人たちが


ヨハネス・イッテン氏の調和論をベースにしたのではないかという考えもあります。



その後,アメリカでは1940年代前後にカラーコンサルタントという職業が存在していたとも言われています。



1960年のアメリカ大統領選挙戦の話は,有名なお話。


ベテランのニクソン氏に対してJ.F.ケネディ氏は,カラーテレビ出演に際して


見た目による人に与える影響を考え,カラーコンサルタント(イメージコンサルタント)が影で活躍。


ケネディ氏の服装の色の組み合わせは、「誠実」・「冷静」・「信頼感」をイメージする紺色のスーツに,


「清潔」・「永遠」というイメージの白シャツ,そして、「情熱・リーダーシップ」を感じさせる赤いネクタイ。


ただ,その当時,アドバイスしていた方がカラーコンサルタンタントという肩書きだったのか


イメージコンサルタントという職業だったのかは定かではありません。


当時両方,存在していたようですし,どちらにしても


服装やメイクアップなどのイメージ戦略が勝利に貢献した言われています。



1970年代にゲリー・ピンクニー氏が4シーンズン法によりファッションアカデミーにて

「カラー・ミー・ビューティフル」という講座を開講。


1970年代にキャロル・ジャクソン氏がパーソナルカラーの教本となる

「カラー・ミービューティフル」を出版。日本では1983年に翻訳版が出版されました。


1970年代にアメリカでビジネスとして発展したパーソナルカラーは,

1980年代に日本に紹介されました。

当時,パーソナルカラーに関心を持った方が渡米して,アメリカでパーソナルカラーを学び,


日本に持ち帰ってカラースタジオを設立したり,活躍するようになっていき,


パーソナルカラーが広く紹介され定着するようになりました。




今回,歴史について詳しく書いているうちに,私自身納得できた部分もあります。


■「イメージコンサルタント」と「カラーコンサルタント」がよく混同されるのはなぜなのか?


■パーソナルカラー分析の結果がコンサルタントによって違う場合があるのはなぜなのか?


この2点もまた別の機会に書いてみようと思っています。




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