再発した場所が場所だったから
今度こそ、
近々この世を去るんだ
と思った。
この時、
生きているうちに友達に会いたい
と思い、余命の事は告げずに
心の中で『さようなら』と思いながら
友達に会っていた
会った後に『今までありがとう。』
とかメール送ったりしてf(^ー^;
その友達の中には、
まだ友達の頃のじぇーぺえ君がいて
この頃はまさか、
1年後に恋人
になるとはお互い思ってもなかったなぁ。
今回は痛みも酷いし
さすがに万事休すかと思ったら
重粒子線という治療法
と思った。
この時、
生きているうちに友達に会いたい
と思い、余命の事は告げずに
心の中で『さようなら』と思いながら
友達に会っていた

会った後に『今までありがとう。』
とかメール送ったりしてf(^ー^;
その友達の中には、
まだ友達の頃のじぇーぺえ君がいて
この頃はまさか、
1年後に恋人
になるとはお互い思ってもなかったなぁ。
今回は痛みも酷いし
さすがに万事休すかと思ったら
重粒子線という治療法
があるのを知りました。
その治療法は当時、
日本で千葉か兵庫だけしか受けられず、
うちの近辺ではやっていなかったから
(今は治療出来る病院が増えたかも。)
私は兵庫で治療
を受けることにしました。
受けることにしました、と言っても
そこの病院の治療を求めるガン患者は多く、
ベッドはいつもほぼ満席。。
紹介状を送られても
3人に2人は治療を受けられないという状況。
だけど幸運な事に、
色々な偶然などが重なり
するすると導かれる様に
兵庫に行ける事になった。
兵庫に行き、院長先生とお話しし
すぐ治療の為に使う『型』をとり
5月始めには
治療を開始する事が出来たのでした。
(再発が分かったのは4月23日)
治療は前回の苦しいものとは違い
治療台に寝そべって
じっとしているだけの楽なものだった。
(私にとっては、です。
体勢などキツい方もいらっしゃいました。)
治療は1日15分?くらいだったかな。
それをほぼ毎日32回くらい。
兵庫の人達や
入院する為に全国(主に西日本の地域)
から集まった人達
皆みんな親切で暖かくて、
兵庫は大好きな場所になりました(*^^*)
約1ヶ月半の、短くて長い入院生活。
病気が再発してしまったので、
私の5年後の生存率は30%
になったけど
『その30%の中に入るぞ!!!』
という強い気持ちでいました。
ところが2013年1月。
まさかの
また、再発。
続く
その治療法は当時、
日本で千葉か兵庫だけしか受けられず、
うちの近辺ではやっていなかったから
(今は治療出来る病院が増えたかも。)
私は兵庫で治療
を受けることにしました。
受けることにしました、と言っても
そこの病院の治療を求めるガン患者は多く、
ベッドはいつもほぼ満席。。
紹介状を送られても
3人に2人は治療を受けられないという状況。
だけど幸運な事に、
色々な偶然などが重なり
するすると導かれる様に
兵庫に行ける事になった。
兵庫に行き、院長先生とお話しし
すぐ治療の為に使う『型』をとり
5月始めには
治療を開始する事が出来たのでした。
(再発が分かったのは4月23日)
治療は前回の苦しいものとは違い
治療台に寝そべって
じっとしているだけの楽なものだった。
(私にとっては、です。
体勢などキツい方もいらっしゃいました。)
治療は1日15分?くらいだったかな。
それをほぼ毎日32回くらい。
兵庫の人達や
入院する為に全国(主に西日本の地域)
から集まった人達
皆みんな親切で暖かくて、
兵庫は大好きな場所になりました(*^^*)
約1ヶ月半の、短くて長い入院生活。
病気が再発してしまったので、
私の5年後の生存率は30%
になったけど
『その30%の中に入るぞ!!!』
という強い気持ちでいました。
ところが2013年1月。
まさかの
また、再発。
続く