私の病気のお話を書いてみる事にしました。
内容はちょっと重いから
ガンを始め、病気の方は
読み進めるのが怖いかもしれません。
ですが、知っておいて欲しい事もあるので
病気の方はぜひ読んでみてください

興味がない方は、リターンでお願いします。
◇
◇
◇
◇
私は体調悪い日があると、
とても不安になる事がある、
自分の体が弱いのが原因です。
主治医の先生が言っていた。
5年後の生存率が
30%きっている、と。
(直接言われたわけではなく、
『病気が再発した場合、
5年後の生存率30%です。』
と再発する前に先生が言っていた。)
5年後と言っても、
再発したのが3年前の4月だから
あと2年。。
しかもその間にまた病気したから
さらに・・・・・・・・・・???(考えたくないね笑)
※この統計は病気の種類により違います。
だから私は、記念日がある度に
『有り難いな。また次の記念日を
迎えられると良いな
』
と思う





私は22歳の時に
悪性腫瘍(簡単に言うとガン)
が発見され
大きな病院で抗がん剤治療、
手術をし
入退院を繰り返した。
それは
想像を絶する
闘病生活。
抗がん剤は、とても強い薬で
髪の毛が抜けるだけではなく
かなり体に負担がかかるから
抗がん剤で亡くなる人が時々いるみたい。
治療は苦しくて苦しくて
私は特に副作用の吐き気が人より酷く、
看護師さんにも
『こんなに副作用が酷い人は初めて』
と言われたくらい。
ずっと繋がれている点滴のチューブを
千切りたいくらい
何度か頭がおかしくなりそうになり
(実際に千切った人がいる、
という話を聞いたことがある
)
ちなみにこのガン(骨肉腫)は、
日本では年間200人がなる。
50万人に1人
の確率でなるそう。
それはそれは辛くて
痛みも伴う治療だったけど
何とか周りのサポートや
治療の甲斐あって
治りました
その間にも
病院でとても仲良くなった子が
何人か亡くなりました。
特に最初に亡くなった子は
入院しているのが年配の方が多い中、
初めて同じ部屋で若い子と一緒になり
ずっと辛い治療を励まし合ってきた
大好きな親友で・・・
一時退院が許可された時などは
よく近場に遊びに行ったなぁ。
遠い新潟県から来たその子は
地元では前例がなく
普通のガンより難しい病気で
(ユーイング肉腫と言ったかな)
都会の大きな病院に来たとの事で
遠いから親もなかなかお見舞いに来れないのに
一回も弱音を吐かず。
(むしろ何度も泣く私を
毎回励ましてくれていた)
そんな強い彼女を尊敬していました。
今でも亡くなったのが信じられないくらい
あの子の事を鮮明に覚えている。
とても可愛くて、おしゃれで
人懐っこくて思いやりがあって・・・。
色んな所に行こうねと
約束していたのだけど叶わなくて、
友達が死ぬのは初めてだったので衝撃だった。
病気になった時は
『何で私なんだろう?』と思ったけど
友達が亡くなった時は
『何で私じゃないんだろう?』
と。
それから、何度もそのあと
友達や親しくなった人が亡くなりました。
何度も何度も泣いているうちに
『この生きている時間を
大切にしなきゃ!』
と思うようになり
私の病気は
『10年再発しなければもう大丈夫』
と言われていたから
『10年頑張ろう!!』
という気持ちでいた。
だけど4年後の2012年の4月。
ガンが再発したのでした。
思いのほか長くなったから
続く。。
自分の体が弱いのが原因です。
主治医の先生が言っていた。
5年後の生存率が
30%きっている、と。
(直接言われたわけではなく、
『病気が再発した場合、
5年後の生存率30%です。』
と再発する前に先生が言っていた。)
5年後と言っても、
再発したのが3年前の4月だから
あと2年。。
しかもその間にまた病気したから
さらに・・・・・・・・・・???(考えたくないね笑)
※この統計は病気の種類により違います。
だから私は、記念日がある度に
『有り難いな。また次の記念日を
迎えられると良いな
』と思う






私は22歳の時に
悪性腫瘍(簡単に言うとガン)
が発見され
大きな病院で抗がん剤治療、
手術をし
入退院を繰り返した。
それは
想像を絶する
闘病生活。
抗がん剤は、とても強い薬で
髪の毛が抜けるだけではなく
かなり体に負担がかかるから
抗がん剤で亡くなる人が時々いるみたい。
治療は苦しくて苦しくて
私は特に副作用の吐き気が人より酷く、
看護師さんにも
『こんなに副作用が酷い人は初めて』
と言われたくらい。
ずっと繋がれている点滴のチューブを
千切りたいくらい
何度か頭がおかしくなりそうになり
(実際に千切った人がいる、
という話を聞いたことがある
)ちなみにこのガン(骨肉腫)は、
日本では年間200人がなる。
50万人に1人
の確率でなるそう。
それはそれは辛くて
痛みも伴う治療だったけど
何とか周りのサポートや
治療の甲斐あって
治りました

その間にも
病院でとても仲良くなった子が
何人か亡くなりました。
特に最初に亡くなった子は
入院しているのが年配の方が多い中、
初めて同じ部屋で若い子と一緒になり
ずっと辛い治療を励まし合ってきた
大好きな親友で・・・
一時退院が許可された時などは
よく近場に遊びに行ったなぁ。
遠い新潟県から来たその子は
地元では前例がなく
普通のガンより難しい病気で
(ユーイング肉腫と言ったかな)
都会の大きな病院に来たとの事で
遠いから親もなかなかお見舞いに来れないのに
一回も弱音を吐かず。
(むしろ何度も泣く私を
毎回励ましてくれていた)
そんな強い彼女を尊敬していました。
今でも亡くなったのが信じられないくらい
あの子の事を鮮明に覚えている。
とても可愛くて、おしゃれで
人懐っこくて思いやりがあって・・・。
色んな所に行こうねと
約束していたのだけど叶わなくて、
友達が死ぬのは初めてだったので衝撃だった。
病気になった時は
『何で私なんだろう?』と思ったけど
友達が亡くなった時は
『何で私じゃないんだろう?』
と。
それから、何度もそのあと
友達や親しくなった人が亡くなりました。
何度も何度も泣いているうちに
『この生きている時間を
大切にしなきゃ!』
と思うようになり
私の病気は
『10年再発しなければもう大丈夫』
と言われていたから
『10年頑張ろう!!』
という気持ちでいた。
だけど4年後の2012年の4月。
ガンが再発したのでした。
思いのほか長くなったから
続く。。