以下、

一流の仕事人の言葉です。

 

 

自分の与えられた仕事、

例えばニンジンを剥いてと言われたら、

 

 

ニンジンを全力で剥きながら、

いまこの時間、皆は

何をしているんだろうと観察する。

 

 

なるほど、シェフはこの時間に

こういう食材と道具を使って、

この料理の仕込みをしているのか。

 

 

こういう手順で

作業を進めているのか。

 

 

じゃあ、この時間になったらこの食材と道具が

全部揃っている状態にすればシェフは喜ぶな、と。

 

 

  by 岸田 周三 (ミシュラン三ツ星シェフ)

 

 

 

このような姿勢が、一流への階段の

一歩目だと思わせてくれる言葉です。

 

 

 

ニンジンの皮を剥くという単純作業を、

つまらない仕事と思うのか?

価値ある時間にするのか?

 

 

 

一つの行動でも、どこを見てるのかで

行動の意味が変わります。

岸田氏はどこを見ていたのでしょうか?

 

 

①「一流のシェフになるために剥こう」

②「今日中に200本剥こう」

③「無駄なく丁寧に剥こう」

 

 

②③は確かに職務を全うするための

必要条件だったかもしれません。

でも、これが目標だと、無駄なく丁寧に早く

皮が剥けるようにはなるかもしれませんが

これだけで、一流のシェフになれるわけではありません。

 

 

 

ここには言葉で表現されていませんが

岸田氏は間違いなく常に①を念頭において

仕事をしていたに違いありません。

 

 

仕事における目的意識・志次第で

何年か後に大きな違いが出ます。

 

 

 

自分の仕事は

「何のためにやっているのか?」

 

 

 

今日はこんな問いを自問自答して見ると

改めて気づきがあるかもしれません。

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

 

 

 

 

「人に迷惑をかけてはいけません」

言われれば、大抵の人はその言葉に抗えません。

 

 

 

しかし、明らかに「人に迷惑をかけている」

と思えるような言動をしていても

本人にその自覚がない人も実際いるものです。

 

 

 

よく考えてみれば

「何が迷惑なのか?」

という定義は人によって違いますね。

 

 

あなたにとっての「迷惑」は

誰かにとってそうでもなかったりもします。

 

 

 

すると、自分の基準で

「迷惑はかけないでおこう!」

と、気をつけている人は

その基準に収まらない人を見ると

腹が立って、イライラするのです。

 

 

 

でも、よく自分を観察するとイライラするのは

自分自身の内面にいるもう一人の自分を

抑え込んでいるだけのかもしれません。

 

 

 

つまり、自分の欠点を目の前の人が投影していて、

その欠点を認めたくない不快感でもあるのです。

「人の振り見て、我が振り直せ」

とも言います。

 

 

 

誰かの言動にイライラしたら、

「自分はあんなふうにはならない」

と気づかせてくれる機会だと捉えることで

だんだんイライラしなくなります。

 

 

 

今日はこの専門家のこんな言葉を紹介します。

 

 

「他人に対して感じるいら立ちや不快感は、

     

    自分自身を理解するのに役立つことがある」

     

  by  カール・グスタフ・ユング(スイスの精神科医)

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

心配ごとのうちの9割は、

実際に起こることはありません。

 

 

心配というのは

起こるか起こらないかわからない

少し先の未来へ思考を飛ばしている状態です。

 

 

 

過剰な”心配”は度を越すと

「車を運転するとぶつかって事故になるに違いない」

というレベルにまで達してしまい

これだと怖くて車に乗ることができなくなります。

 

 

ここまでいくと、強い思い込みです。

もしくは取り越し苦労というものです。

アクセルを踏むよりもブレーキを踏む力の方が

強い状態なので一向に前に進まないのです。

 

 

そして、車に乗っているのに

絶対にゴールには辿り着けませんね。

 

 

 

 

では、どうするか?

車の運転の例で言うならば、

・事故を起こさないように細心の注意を払う

・万が一事故が起こった時に備え、万全の対策をする

 

 

もし、どうしても心配が拭えないようだったら

「想定外」をも想定してニノ矢、三ノ矢が放てるくらいの

準備をすることで、心配から自分を解放させることができます。

 

 

起こるか起こらないかわからない

少し先の未来よりも「今」を大切にしようと

意識することでどう備えるかが見えてくるはずです。

 

 

 

「私がこれまでに思い悩んだことのうち、

  そのほとんどは取り越し苦労だった」

 

by マーク・トゥエイン(アメリカの実業家)

 

 

 

今日から10月。

今日も素敵な1日を!

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

「GIVE」

ギブする。与える。贈与する。

 

 

「オギャー」と”吐いて”

生まれ、息を”引き取る”

 

 

 

どうも人間は先に何かを「差し出す」ことよって

循環が生まれ、何かが「手に入る」ように

なっているように思います。

 

 

 

でもこれは、

実はそんなに簡単ではないと思っています。

 

 

 

誰だって「先に手に入れたい!

という欲求があり、そのために頑張っているわけです。

 

 

 

 

僕の仕事上の”パーパス(志)”を言葉にした一節に

 

「人の喜びが、

  私たちの喜びをモットーとする」

 

というのがあります。

 

 

 

 

これは

経済活動のためのきれいごとを

語る宣伝文句ではないですよ。

 

 

 

 

難しいのは

GIVE する際に自分の心は

そのGIVEを貫いているのかということ

 

 

 

例えば、

①「してあげた」みたいな態度になったり…

 

②他人に得意げにそのことをわざわざPRしたり…

 

③与えた相手より上に立った気分になったり…

 

↓ ↓ ↓ 

 

これらは

①「だから、なんかちょうだい!」

  というTAKEな空気

 

② 売名による偽善行為だったのでは?

 

③ マウントを取りに行くための餌付け

 

 

 

表面上の行為自体はGIVE なのに

中身が伴わないので、

人にも、自分にすら「偽り」が伝わります。

 

 

 

僕も、常々そうなっていないか

自分の心を行動を確かめますキョロキョロ

 

 

 

 

ビジネス上の経済活動は、

価値の交換をするのに「お金」という媒体を使っていますが

あくまでも、交換条件の取引・契約・

約束事の上に成り立つものです。

 

 

そのやりとりの際、心の奥底にあるものが、

先にGIVEなのか? 

先にTAKEなのか?が問われていると思うのです。

 

 

 

友人・仕事・家族・夫婦など人間関係で

うまくやっている人って、結局、

先にGIVEする人なのだと思います。

 

 

 

これは何が正義かということでなくて

人生の選択による「あり方」なんだと思います。

 

 

 

お金も最初に出すから、

それ以上に入ってくるという順序です。

 

 

あなたは

先にGIVE? 先にTAKE?

 

どちらを選択しますか?

 

 

 

 

電球今日はこのことを

教えてくれるこの方の言葉を送ります。

 

 

どんな関係においても大切なことは、

何を受け取ったかではなく、何を与えたかです。

 

 

by エレノア・ルーズベルト 

アメリカ合衆国第32代大統領

フランクリン・ルーズベルトの妻

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

 

「今、私が一番大切に

  していることはなんだろうか?」

 

 

いつものモーニングクエスチェン

の6番目の自分自身への問いです。

 

 

 

毎日、答えは同じですが、

ちゃんと自分に向き合って答える。

 

 

 

 

それは

 

 

「時間」

 

 

 

時間は有限。

貯めたり・増やしたりできません。

 

 

 

「時間=命」というのが僕の価値観。

 

 

 

 

今、51歳の僕が

仮に100歳まで生きられたとして、

今日を起点に残りの日数は”18,165日”

 

 

 

すで18,000日余りを過ごしてきて

まだ遂げられていない思いがたくさんあるんです。

 

 

 

人生100歳時代と言われるので

楽観視しすぎな感じもするけど

例えば、

90歳なら…

80歳なら…

 

 

と残日数はカウントしなくとも

「それよりももっと少ない」

だけで時間の価値は十二分に理解できます。

 

 

 

 

いろんな情報に触れると、

あれもこれも大切なように

見えるし、魅力的に見えますね。

 

 

 

 

でも、どれもこれも大切にしようとすると…

 

それはまるで、ショッピングカートに

「大切に見えるもの」をどんどん放り込み、

山積みになった食品を冷蔵庫で腐らせてしまう

と同じことになるように思うのです。

 

 

 

 

自分の人生に必要な情報は

実はそれほど多くはないように思います。

 

 

 

情報の山から

自分に必要な情報を

”取捨選択”

 

 

 

文字通りですが、この真意は

「取る」より「いかに捨てるか」

の方が、実は大切なことだと

示しているのではないでしょうか?

 

 

 

それが「一番大切なことを大切にする」

ということだと思います。

 

 

 

今日はスタイリストである

私の妻の言葉。

 

 

クローゼットの中が着ない服で

いっぱいの人はオシャレはできないよ。

 

 

 

「今、あなたが一番大切に

  していることはなんでしょうか?」

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

脳は成人で1200~1500gの重さで、

体重の約2~2.5%しかないのに

”25%”ものカロリーを消費しています。

 

 

 

だから「考える」という行為は

基本的には実は疲れるわけで、

あまり考えようとしない人が多いのも頷けます。

何も考えない方が楽ですからね。

 

 

 

では、「仕事」の場面において

「考える人」

「考えない人」(または考えるフリをする人)

を比較するとこうです。

 

 

 

例えば、上司から

「○○さん、これやっておいてくれるか!」

と指示がきた、という場面があったとします。

 

 

「考えない人」

”言われたことをそのまま実行するだけ”

です。

 

 

一方で、「考える人」

「これを、やるとこんな感じで効率が上がるんだな」

「これは、全体の流れの中のココの部分だな」

「すると、あれも先回りしてやっておくと

     もっと効果的なんじゃないかな」

 

など、想像力を働かすことができます。

 

 

 

この違いは、この上司からすると

 

 

考えない人は言われた通りの

「作業」をしている、だけなのに対して、

 

考える人は、クリエイティブな

「仕事」をしている、

というふうに映ります。

 

 

どちらが重宝されるかは明らかですね。

 

 

 

と、同じような文脈で語られることは

割とたくさんあるので、

「あ〜そうやればいいのね」とやっても

そう簡単にはいかない現実もあります。

 

 

 

上記の例で言うならば

同じようにやろうとしてもうまくいかないのは

その上司が、尊敬とか、感謝とか、好き嫌い

とかの感情が作用する背景を無視してしまうからです。

ここも「考える」ところです。

 

 

 

人間の感情が絡むとどうしてもパターン化、

マニュアル化できないところがあるので、

やはり自分で「考える」ということが大切です。

 

 

情報を鵜呑みにせずに

一旦、自分の中で咀嚼して

「考える」ことを習慣にしてみてはどうでしょうか?

 

 

 

今日は、この人のこんな言葉を送ります。

 

 

 

何事であれ、最終的には

自分で考える覚悟がないと、

情報の山に埋もれるだけである。

 

by 羽生善治(棋士)

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

 

人生はわからないことだらけです。

 

 

 

毎日、本を読んでいますが、

活字の世界の中だけでも日々、

新しい発見や気づきがあります。

 

 

でも、ここで気を付けていることがあります。

活字の中だけでの「わかった」が

一番「わかっていない」ことを

「わかっておく」ということ。

 

 

 

例えば、

「親の心、子知らず」という

言葉の意味はわかりますが、

実際に、親になってみて初めて

得られる体感覚のようなものは

実際、「親」を体験していない

子には分かるはずがありません。

 

 

 

成功法則のような本もたくさんありますが、

それは、その著者の「体験」であって

それを読んだ読者が同レベルの成功を手にして

いなければ同じレベルの「わかった」にはなりえません。

 

 

やはり、試行錯誤しながら実践を

することでしか、わからないことの

方が人生には多いのだと思います。

 

 

 

単なる情報にアクセスして、近道を探るよりも

遠回りしながらでも、もがいた方がいいのです。

 

 

そうやって自ら汗をかいて身につけたものは

「無形資産」と言えます。

簡単に得たものはすぐに無くなりますが、

「無形資産」は決してなくならずに

使えば使うほど増えるのです。

そして、ずっと役に立ちます。

 

 

自分は「何もわかっていない」

と知っておく方が謙虚でいられるし

吸収力も高くなります。

 

 

 

これを

ソクラテスが「無知の知」と言いました。

 

 

 

そして、何よりも「わからないことがわかる」

とこのプロセスを歩むことは

本当に楽しいことだと思います。

 

 

 

今日はこの人の言葉を拝借します。

 

 

 

知るだけでは十分ではない、

知ったことを活かさなければ意味がない。

 

意志があるだけでは十分ではない、

意志のもと行動を起こさなければ意味がない。

 

    by ブルース・リー(アクション俳優)

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

なるべく失敗はしたくはないものです。

 

 

 

「失敗は嫌だけど成功はしたい」

 

 

 

そんな都合のいいことがあるのか?

 

 

 

 

最初からうまくいくことなんて滅多にないし

多少、うまくいったとしても完璧なわけではありません。

 

 

 

 

かといって敢えて、「火中の栗を拾う」

ようなリスクは避けたいのが本能です。

 

 

 

ですが、「うまくいく」とか「成功の果実を手に入れる」

には「火中の栗を拾う」ことをしないと手に入らない

というジレンマがあります。

 

 

 

このジレンマとはどう向き合えばいいでしょうか?

 

 

 

見てみぬふりをして安全牌を

拾いにいく生き方も選択できます。

 

 

でも、安全牌を拾っても完全に

セイフティーな人生が保証されるわけではないですね。

 

 

 

「今がチャンスです!」

 

 

なんて言葉に踊らされて

 

 

 

火中にいきなり素手で手を突っ込んで

大火傷をするという人がいます。

 

 

 

これは「勇気」とは言えません。

無謀なだけです。

 

 

 

失敗は最高の学びの機会です。

 

 

 

火中の栗を拾うには準備がいるのです。

火傷をしたら、次は火傷しないような工夫や

知恵を絞ること。

 

 

 

こうして、学びは尽きないのでどんどん

経験を通じて、自分が磨かれていきます。

楽勝で栗を拾いに行けます♪

 

 

 

「鉄は熱いうちに打て!」にも通じます。

 

 

 

熱くない鉄は打っても強くはなりません。

 

 

 

 

今日はこの方のこんな言葉を送ります。

 

 

「もし、木を切り倒すのに6時間

 の時間を与えられたなら、

   私はまず最初の4時間は

    斧を研ぐ時間に費すだろう」

 

by エイブラハム・リンカーン

(第16代アメリカ合衆国大統領)

 

 

 

あなたなら6時間をどうしますか?

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

投稿を見てしていただき

ありがとうございます(^o^)

______________________________

 

 

 

今日はこんな言葉が目に止まり

意味深なので、この言葉をどうデザイン

するかをシェアしてみたいと思います。

 

 

 

耳が聞こえなくても「聞こえる」ことばであり、

 

目が見えなくても「見える」ことば、

 

それが『やさしさ』というもの。

 

  

    by マーク・トウェイン / 小説家

 

 

私たちは、

最初に”見たもの”を全てだと信じてしまいがちです。

最初に”聞いたもの”を全てだと信じてしまいがちです。

 

 

 

でも、それは自分の世界観や

その時の感情などのフィルターを通して

切り取った一部にしかすぎないんだ

との見方はどうでしょうか?

 

 

 

同じ絵を見ても感想や

感じ方が違うのはこのフィルターの違いです。

 

 

同じように、誰かとの話をしている時、

話している側の世界観で言葉を紡ぎ

聞いている側の世界観で言葉を受け取ります。

 

 

この言葉の意味のギャップが大きいと

うまくコミュニケーションができませんね。

 

 

 

言葉そのものに意味はありません。

 

 

 

 

どういうことでしょうか?

 

 

 

 

例えば、

「お〜い!!」という言葉自体に

意味はありませんが、

 

 

 

これがトイレの中から「お〜い」だと

「トイレットペーパーがないから持ってきて!」

という意味かもしれません。

 

 

 

扉の開かない部屋から「お〜い」だと

「誰か助けて!」という意味かもしれません。

 

 

 

そこには背景や状況があって、

その中に言葉の意味が埋め込まれているのです。

 

 

 

 

耳が聞こえなくても聞こえる

見えなくても見えるというのは

要約すると、行間を読むということ。

 

 

 

つまり、相手の背景を察し、

その時の気持ちや表情や空白を読み取って

思いやりを持って接すること

それが「やさしさ」だというのが

マークの言いたかったことだと思えます。

(言葉を扱う小説家ならでは表現ですね。)

 

 

 

今日、一緒にいる人に

「やさしさ」を示してみてください。

きっと素敵な一日になりますよウインク

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

 

毎朝、モーニングクエスチョン

 

 

 

「私は人生で、何が幸せだろうか?」

 

 

 

と、問うています。

 

 

 

 

人から、「幸せですか?」なんて

問われても宗教の勧誘にしか見えないので

悩みがあっても、「幸せ全開です!」

というしかないような気がします。

 

 

 

宗教でないのがわかっていても

そうそう人に弱みは見せられないので

「うん、まあね」と軽く去なして

その場をやり過ごすしかない

というのは想像が過ぎるでしょうか?

 

 

 

このモーニング・クエスチョンは

自分が、自分自身に問いかけるので

素直に答えることができます。

 

 

 

 

朝、公園に行っていつもの風景があって

「今日も空気がうまい」と言いながら

深呼吸できるのが幸せです。

 

 

 

何も自分にそう言い聞かせている

のではなく本当にそう思い、

それ以上でもそれ以下でもないです。

 

 

 

「幸せ」のカタチは人それぞれです。

ですが、「幸せだな〜」と思う感覚に

違いはなく、誰もが持っている宝です。

 

 

 

『「何」はなくとも幸せだ」』というのも

 

 

『「何」があっても足りない』というのも

 

 

 

「何」という対象の違いが

幸福感の根本にあるわけではなく、

事実の受け止め方や言葉の使い方の

違いから宝物の輝き方が違ってくるだけです。

 

 

 

今そのままで幸せであるはずなのに

「何かが足りない」ところばかりに目を

やって心が貧しくなる人が大勢います。

 

 

 

特定の現象があるから「幸せ」を感じる

特定の現象がなければ不幸だということを意味します。

今、そのままでも「幸せ」だと思える心が

現実を引き寄せるのです。

 

 

 

 

今日はこの方のこんな言葉を届けます。

 

 

 

 

我々は、幸福になるためよりも、

 

幸福だと人に思わせるために四苦八苦している。

 

 

 by  フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー / フランス貴族

 

 

 

モーニングクエスチョンを

習慣にしてみてください。

その時からきっと何かが変わり始めます。

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい