デーモン・ボム -3ページ目

デーモン・ボム

モニターを覗いてみろよ。



ほら、悪魔がうじゃうじゃいるぜ

ようこそ。お先真っ暗な世界へ。

まっしぐらに破滅に向って、カウントダウンを開始しよう。

世界の時計が、もうすぐ最期を告げるってさ。

どいつもこいつも、絶望ではない憂鬱なよどみに向って墜落していく。

サヨナラ、捏造された古き良き時代。

ここから先は、奈落の底が口をひらいて笑っているぜ。


そんな暗闇に差し込んでるのは、いつも輝かしい希望の光。

「この暗い世界に、希望を取り戻すんだ!!」

勇敢な人と褒め称えられた奴らが、どこかに向って飛行機を飛ばす。

破滅をぶっ飛ばす、悪魔の爆弾を腹いっぱい満載にして。

目も眩むように眩しい、あの希望の光に向って誰も彼もが殺到する。


暗い未来を宣伝するのは、いつも輝かしい希望を語る人。

「未来について、我々は投資をすべきだ」

聡明な人と褒め称えられた奴らが、ルーレット台にチップを並べる。

破滅をぶっ飛ばす大穴を、ドカンと一発当ててやろう。

目も眩むように眩しい、あの希望の光に向って、誰も彼もが殺到する。


希望の光に群がる、レミングスどもがいっぱいいるぜ。

モニターの中から、差し込んでくる希望の光に、サヨウナラ。

希望はそんなお手軽なものなんかじゃない。


差し込んでくる希望の光に目を背けて、真っ暗な世界に飛び込もう。

どす黒い闇に、何も語らない闇に、何も強制しない闇に、いま少し想いをはせよう。

世界に必要なのは、希望回復ではなく、希望殲滅作戦。

うさんくさい希望どもを、残らず皆殺しにするべきだ。


君の、私の、あるいは彼の、心に差し込まれてくる、希望の光にサヨウナラ。

ようこそ。お先真っ暗な世界へ。

世界は、うさんくさい希望に沸きたっている。

ニセモノの希望なんて、もうたくさん。

うさんくさい希望どもを、皆殺しにしてしまえ。







俺は耳ざわりのいい音楽になりたくなかった。

吐き気をもよおすような悪魔の音を垂れ流して、世界中をゲロでいっぱいにしてやりたかった。

一見キレイな世界の、化けの皮を剥いでやるんだ。

あふれ出した世界の臓物を、血まみれになった両手で掴みあげて見せてあげよう。

理論整然と陳列された猥褻物のようなビートを刻んで、俺は激しく腰を振る。

だから、音楽の神様に背中を向けて、クロスロードではない場所で、悪魔と良心とビジネスについて語りたかった。


美しさから逸脱すればするほど、そこには醜くなるためのルールが存在することを知ってしまう。

厳格に定義された、美しさのルール。

想像することは難しいかもしれないが、醜さにも醜さを定義する掟が、実は確実に存在する。

流血と臓物。解剖台の上で出会える、奇跡的なルールを見つけるべきだ。

奇声と不協和音が織り出す、意味不明の戦慄でさえ、音楽の魔の手から逃れることなんかできやしない。

銃声と祝砲の間には、明確な違いが存在しないのに、そこには見えない醜いルールが隠蔽されている。

逸脱すれば逸脱するほど、見えないルールの、ひんやりとした逃れられない鎖が見える。


天国と地獄。

飛翔と墜落。

悪魔と天使。

政治と民衆。

戦争と平和。

あるいは、君と俺。


相反するようで、明確に区別されているようで、本当はそれはごちゃ混ぜになって、恐るべきルールに規定されている。

戦争のルールを知らないと誰かが言う。だけど、平和のルールを知っているのかい?

美しさのルールを知っているなら、醜さのルールは不要だろうか。

あるいは今、所属しているルール以外は、存在を否定してもかまわないとでも言うのかい。


一見キレイな世界から飛び出して、心までもをバラバラにしてみよう。

俺を定義しているルールを破壊し、俺が俺ではなくなる境界線に向って、ギリギリまでブレーキを踏まないで突っ込んでいく。

君は君か、俺は俺か。

なぜ俺が定義されているのか。

俺を定義しないルールは何か。

俺を否定したルール。俺を肯定するルール。

美しさも醜さも、所詮ルールに縛られているに過ぎない。


化けの皮を剥いで、あたたかい血と臓物に手をのばそう。

クソと血肉を混ぜ合わせて、ただひとつ明確に存在していると喧伝される、見栄えのいいルールから逸脱するんだ。

信じてくれなくたってかまわない。

神様だってひとつじゃない。

ここは、ひどくうさんくさい世界だ。

真夜中に見上げた空にまたたく星くずのように、幾多の見えないルール達がいる。


俺はどんなルールにも規定されたくないし、所属なんかしたくない。


静かな丘の上に寝転んで、真夜中にまたたく星くずの秘密を、そっと君に囁いていたい。

それが残酷なルールに手向ける、ささやかな反抗に過ぎないとしても。













いつもポップコーンが床に散らばっているおんぼろ映画館の横には、カルロス・サンタナそっくりのオヤジさんがやっているレコード屋があった。店内にはいつもブルースかジャズが流れていて、時折ジミ・ヘンドリクスかサンタナが割り込んでくる。俺がセックス・ピストルズをかけておくれよと言えば、違うのをかけてくれるのはサービスのつもりだったのか。

レコードが並ぶ店内で、俺は彼と交代でフェンダーを弾いていた。

ブルーノートの意味と、音楽に内在する目には見えないものを、彼は俺に伝えたかったのだと思う。

だからレコード屋の店内で、ギターと戯れることを笑って許してくれたのだと思う。

デジタルが押し寄せてきた時代、俺は昼下がりのレコード屋で音楽と言葉について、彼と日が暮れるまで話していた。


彼は、音楽と音楽ではないものについて、大事なようでくださらないものと、くだらなそうに見えて大事なものについて、よく俺に話して聞かせてくれた。

そんな1990年代は、俺にとってそんなに悪い時代じゃなかったと思う。

もちろん、世界にとってどうであったかは、まったく別の問題だけど。


夕暮れに染まる街をレコード屋の中から眺めながら、古臭いリフを弾いていた時代を、俺は懐かしくたまらなく愛しく思う。

俺が刻むリフにのって、窓の外を通り過ぎていった人よ。

今、どこで何をしてるんだい?


1990年代、俺は過去の遺産と呼ばれるビートにのって生きていた。

人を時代に縛り付ける、画一的な同時代にサヨウナラ。

記録された音楽は、時間軸を完全に逸脱する。

紙切れに書き連ねられた言葉が、時代性を度外視して、どこかで今も騒いでいるように。


オーバードライブするビート。張り裂けそうなディストーション。

俺の中を流れる音楽は、どれもこれも現在とリンクしない。

俺の中で踊る言葉は、何もかも現在と馴れ合えない。

俺の中で流れる血は、ちっとも現在と交じり合わない。


寂しいなんて思わないさ。

だからもっと、最近聞かないあのディストーションを聞かせておくれよ。


本当に意味のある言葉と、震えがくるような音は、お手軽に配信されたりなんかしない。

違う次元に漂う音楽に、そっと耳を澄ますんだ。

時間と束縛を超えて漂う音楽を、聞いてみたいと思わないか。











明らかにスピードに狂っていた、コージー・パウエルが好きだった。

バイクをぶっ飛ばして、生涯ドラムを叩けなくなりそうになったこともある。

自分名義で活動すれば、突然マイクを握るへなちょこ野郎ではなかったし、ひたすらに前へ突き進む彼のドラムは後ずさりしなかった。

時に、加速していく彼のドラムに、誰もが追いつけなくなってしまうくらい、ビートが手の届かないところにいってしまうのはご愛嬌。

明らかにスピードに狂ったコージー・パウエルに火がつけば、宇宙の果てのレストランまでぶっ飛ばしていくべきだ。

火がつけば、音楽という枠でさえぶっちぎってしまう地獄の太鼓が、時に見えない壁を破壊する。


音楽を聞いて、ひとつになろう。

そんな言葉は大嫌い。

ビートが生み出す一体感を否定したい。

俺は俺、あんたはあんた。

僕に、私に、あなたへ、君へ、彼と彼女と、あんたのところへ、響きわたる音楽にさえ、みんなひとつに統合されてしまうのかい。

誰かにバカな平和主義者と呼ばれた、ジョン・レノンは歌う

「世界はひとつ」

ジョン・レノン。あんたは多様性を否定する、行き過ぎた究極の全体主義者だ。


スピーカーから流れ出す一対多数の一体感。

統一も統合もくそくらえだ。

耳ざわりのいい音楽理論から飛び出して、溢れ出る感情のままに、音楽の枠を飛び越えてしまいたい。

それがノイズと呼ばれるものだとしても、俺はコントロールの外にいたい。


サヨナラ、一対多数の統一的見解製造装置。

いつかバラバラになって散ってしまおう。

誰もが独立を主張する。

寂しいなんて言わないで欲しい。

だって世界は、ひとつなんかじゃない。







公衆の面前で、ちんぽぶらぶらぶーらぶら。

第三帝国の総統 アドルフ・ヒトラーでさえ、そんなことはできなかった。

演説台の上で

「これは21世紀の戦争だ」

と高らかに宣言したベトナム戦争級のアスホール太郎も

「俺たちXXXXXXXはどうすればいいんだよ!!?」

と、正直にわめき散らすことは許されなかった。


雄叫びをあげて、卑猥な拳を突き上げよう。

自由がきれいごとではないことを、そろそろ正直にさらけ出すべきだ。


戦場で皆殺しの雄叫びをあげるより、江頭2:50のチンポは猛々しい。

おチンポさんをさらけ出す江頭2:50、ああ、神々しいその勇姿。

会ったこともない存在より、江頭2:50のキンタマこそ存在が確信できる。

ここぞという瞬間に、チンポひとつ見せてはくれない、ド偉いミスター・ホワイトカラーとは偉い違いだ。

おっ立てるのはミサイルでも銃でもなく、ギンっギンっのチンポの方がいい。


スポンサーの意向は関係なく、江頭2:50は番組を終了させる。

江頭2:50は、ビタ一文使わない。

おチンポ出して、言いたいことを言うだけだ。

あるいは、ケツの穴に剣より強いペンをぶっ挿して、書きたいことを書くだけだ。

あんたはやっぱり、資本主義社会から完全に自由な存在だ。


カット!! カット!! カット!!

江頭2:50の登場時間が少ないという事実は、自由がいかに儚いものかを証明している。

カット!! カット!! カット!! カット!! カット!! カット!! カット!! カット!! カット!!

僕の、あなたの、私の、君の、あるいは彼の、お手元に届いた加工済みの情報に、剥き出しの江頭2:50のおチンポ様が、いったい何%含まれていると言うのですか?

ピー!! ピー!! ピー!!

ピー!! ピー!! ピー!!

ピー!! ピー!! ピー!!

ケイホウガナッテイマス 

ジユウノソンゾクガアヤブマレテイマス


江頭2:50を見るたび、俺は彼に自由を感じる。

自由になりたいなんて、誰も言わない時代。

それでも俺は、江頭2:50のように自由でいたい。


忌野清志朗のようになりたいと言ったら、君は「お願いだからそれはやめて」と言った。

だったら、江頭2:50のようになりたいと言ったら、笑って許してくれるのだろうか。

でも、あのタイツは履きたくないな。

と、残念ながらどうしても思ってしまう。

本当の自由は、キレイごとなんかじゃない。

それは江頭2:50が証明している。


もっと自由を、もっと激しく

雄叫びをあげて、卑猥な拳を突き上げよう。


だからせめて、

「プライベートでは普通の人です」

なんて、悲しいことは言わないで欲しい。








どいつもこいつも、鼻息荒くぶっ飛ばしていく。

どいつもこいつも、スピードをあげろとまくしたてる。

俺はここにいたいと思う。

なのに俺は、無情にもどんどん加速していく。

未来に向って? 死に向かって? あるいは、過去に全速力で後退するのか。もしくは、退廃と怠惰と悪癖の重力に囚われるのか。

無情にもどんどんどんどん、どうしようもなく速度はあがっていく。

どいつもこいつも速度ばかり気になって、目的地には言及しない。

なのに、どいつもこいつも「もっと早く! もっと早く!!」

と、血走った目でわめきたてる。

そんなにいそいで、いったいどこに行くつもり?

未来に向って? 死に向って? あるいは、思い出の中に捏造された、古き良き時代に真っ逆さまに墜落するのか。


俺はここにとどまりたい。

時間は無情にスピードをあげる。

だから、いそぐ必要なんてない。だから、焦る必要もない。時間は相対的に変化するけど、僕の私の、あるは俺の、生きることができる時間はたったひとつだと気づいて欲しい。

流れ去っていってしまった今に、涙をこらえて哀悼の意を捧げよう。


唯一存在するのは現在だけで、本当は過去も未来も存在しない。

今、生きているこの瞬間が、時間と空間のゼロ地点。

何もないように錯覚される、ゼロだけが本当に存在している。

今生きているこの瞬間がゼロ。

ものすごいスピードにのって、ぶっ飛ばしているのは+に向って?

あるいは-に向って? だったら、ドラスティックに墜落しなよ。


俺はここにいたいと思う。

あるいは、この瞬間に時間が止まってしまうことを願う。

生きている唯一確かな、この瞬間というゼロ地点で。

現在は、時間と空間のゼロ地点。何も存在しないと認識された、ゼロだけが本当に存在している。

溢れかえる数字に踊らされて、ゼロは何もないんだと教えられる。

だけど、本当に存在しているのはゼロ。

後は誰かが捏造した、得体の知れない数字の羅列が、蜃気楼のように脳裏で不気味に揺れる。


数字が溢れ、数字で管理し、数字で成果を出せと言う。

だけど、本当に存在しているのはゼロだけだ。

モニターの中を覗いてみろよ。

出所の知れない公式が導き出した、得たいの知れない数字が、舌なめずりして笑っているぜ。


腐敗した演説、発酵する文学。

政治は腐敗し、芸術は発酵して行く。

言葉が腐敗するから人が腐るのか、言葉が発酵して心を震わせるのか。

腐敗と発酵の境界線は明確に存在しているように思える。


20世紀に流行った科学的な見解では

「腐敗と発酵、それらに本質的な違いがない」

マジかよ!!

ドクター・なんでも知ってるビックリ博士、あんたはやっぱり頭がいい。


はっきり白黒つけようぜ。

と、かっこよく言ってみても、腐敗と発酵の境界線は、実はどこにも存在しない。


俺にとって都合がよければ、それは発酵。

俺にとって都合が悪けりゃ、それは腐敗だ。


俺の存在があんたにとって都合が悪けりゃ、俺は腐敗した毒々ゾンビだ。

俺の存在があんたにとって都合がよけりゃ、俺はあんたの小泉純一郎程度にはなれるかもしれない。


正義はプレーンヨーグルトの味。

俺に都合がよけりゃ、それは正義だ。

俺に都合が悪けりゃ、それは善の枢軸に違いない。

腐敗と発酵に、明確な境界線は存在しない。

だから、正義の味はプレーンヨーグルトの味にそっくりなはずだ。


悪魔と罵られた男が、築きあげた死体の山を見上げよう。

善の枢軸を自負する男が、アフガンとイラクで記録映像から抹殺した死体に会いに行こう。

地面に溢れ出たはらわたを食ってみたら、どちらがプレーンヨーグルトの味なんだろうな?


正義はプレーンヨーグルトの味。

だからせめて、一袋の砂糖を付けてくれる程度の慈悲が、この地球に無料でついてきたらいいのに。

俺はまだ14歳だった。そして、この上なく暑い12月のあの日。

あちらこちらで響く遠い銃声の中で、俺はBJと銃を撃ちまくっていた。

マガジンに満載した弾丸が、14歳の大きくない手の中にあった。

突き抜ける青い空に、吹き抜けていく乾いた風。

木々のざわめきに紛れて、銃声が幾度となくこだまする。

緑の中で、潰れた45ACP弾にぐしゃぐしゃにされて横たわる標的たち。

心地よい草花の香りと、つんとする硝煙の臭いが、吹き抜ける風に混ざり合う。


「おまえは手にしている弾丸の数だけ、重大な結果を作り出すことができる」

BJはそう言って、14歳の小さな手に45口径を握らせた。

ガンオイルの臭いはBJの体臭にどことなく似ていて、決して軽くはないけれど、拳銃はとんでもなく重くはなかった。

ぎらぎらと、そして鈍い輝きが、小さい手の中で引き金を引かれるのを待っている。


未来はいつも手の中に。

手のひらに眠る弾丸。

その使い道を、誰かにそそのかされるべきじゃない。


未来はいつも手の中に。

俺は、もっとマシなモノを撃ってやりたかった。

くだらない銃撃と無駄弾にサヨナラしよう。俺は世界を変えたかった。

だから、突き抜けるように青い空に向って、引き金を引いた。


願わくば、この星の重力さえ振り切って欲しい。

俺が撃った弾丸であることを証明する旋条痕を刻み付けて、果てしない宇宙をどこまでも飛んでいって欲しかった。せめて一発の銃弾が、この星から自由になって欲しいと願った。

それが夢物語と知っていても、俺はあの時、青空を撃った。青空を撃ってやりたかった。

手の中にある未来を、もっとマシなものに撃ち込んでやりたかった。


未来はいつも手の中に。

だから、無駄弾を撃つんじゃない。

手の中の未来を、もっとマシなものに撃ち込むんだ。





がたんごとんと走りゆく電車に乗って、進行方向に背を向けよう。

くだらない言葉から視線を外して、流れゆく景色をみつめるんだ。


どんどんどんどん、景色は流れ去っていく。

いろんな景色が、どんどんどんどん通り過ぎる。

誰かの故郷が、誰かの住む町が、誰かが挫折した街や、誰かを受け入れなかった土地も、それぞれ別個の人生を乗せて、傍観者を置き去りにして窓の外をどんどんどんどん流れてゆく。

通り過ぎていった景色がなんであったのか? なんて結論を待つ暇もなく、景色は傍観者を置いてきぼりにする。


電車に乗って、進行方向に背を向けよう。

それはつまり、生きている時間を体験する簡易時間観測マシーンだ。

進行方向に背中を向けた視界には、次にやってくる景色は解らない。

未来は誰にもわからない。だけど今この瞬間にも未来は無情にやってくる。今この瞬間に、やはり無情に今が過去になっていくように。

自分と平行にならんだ景色だけが、この瞬間確かに存在している。

できることは、見えない未来に怯えて、過ぎ去っていく過去を呆然と眺めているだけじゃないはずだと、いつも唇を噛んでしまう。


ぐんぐん後方に遠ざかってしまう景色は、あっという間に悲しいほどに縮んでしまって、最後には何かにごくんと飲み込まれて消えてしまう。心の中に、わずか一瞬存在していた記憶だけを残して。


寂しくなって進行方向に向き合えば、ごうごうと押し寄せる未来に押し流されそうになってしまって。今度は流れ去っていった景色をおざなりにしている自分が不安になる。


がたんごとんと電車は走っていく。

未来に突っ込みながら、過去をぶっ飛ばして。

時にはトンネルにもぐりこんで、過去も未来もごちゃまぜにしよう。

そして窓の外を見つめながら、いつも傍観者でいる自分。

眺めているだけじゃないはずだと、こっそりと唇を噛む。


がたんごとんと走る電車、どんどんどんどん流れゆく時間、ぐんぐん後方に遠ざかる今と、ごうごうと押し寄せる未来。

回転する球体の上、静止しているのか動いているのかもわからずに、傍観者を乗せた今は、どこかに全速力で向かっている。


その目的地を、誰にも告げずに。




ド偉いミスター・ホワイトカラーは、いつも空港で目をひん剥いて言う。

「その格好はどうにかならんのか?」

俺は答える。

「スーツと靴は持ってきてあります」

ド偉いミスター・ホワイトカラーは、学習するということを知らない。

後何回、目をひん剥いて同じことを言うか数えてやろう。

それがあんたの知能を測定する物差しだ。


「いいか、スーツを着ている男を信用するな」

と、照りつける太陽の下でBJは言った。

なぜ? と無邪気に聞く14歳の俺に、彼はこう教えてくれた。

「真夏に銃を隠し持てるのは、スーツを着た詐欺師だけだからだ」

それ以来、俺は首元からチンポもどきをぶら下げたスーツ姿の男達を、信用することをしなくなった。


空港を出れば、ド偉いミスター・ホワイトカラーのベンツに乗って、俺は一流の詐欺師に変身する。億単位の利益あるいは損失を誤魔化すために、俺は首からチンポもどきをぶらぶらさせて、果てしなくつらつらと言葉を垂れ流す。

コンセプトは限りなく穏やかに、そして、心の中では果てしなく無礼に。

本物の詐欺師の言葉は、いつもこの上なく美しく体裁がいい。それは、アドルフ・ヒトラーが20世紀に証明している。なのに今でも、この上なく美しく体裁の整った嘘が、体裁を整える必要のない真実より好まれることに、俺は心の中で苦笑する。


「組織というものは、その構成員の全てが平等に嘘をつくことで成立する」

ただのテッドになったはずの男は、逃れられないしがらみのなかでそう言った。


首元でチンポもどきをぶらぶらさせている時は、俺の言葉を一切信用しない方がいい。言葉は結局のところ全て嘘だ。それでも、スーツ姿の詐欺師になった俺の言葉は、本質的に騙すことを目的とする。

そして、スーツ姿の詐欺師としての俺は、自分というものを確約しない。俺が口にするのは「弊社」であり、俺や私や僕ではない。


見回してみれば、真夏に銃を隠し持つ詐欺師どもがうじゃうじゃいるぜ。

スーツ姿の統一規格に、どいつもこいつもごちゃまぜに群がっている。


サヨナラ、嘘つきだらけのモンキービジネス。

帰り道に心の中でつぶやきながら、スーツ姿のド偉いミスター・ホワイトカラーに背を向ける。