・介入は自由市場の妨げか?
先週、就任前後の藤井財務相が、「為替介入は自由市場の妨げになる」と発言したとかで、一時、円高が進んだ。日銀の白川総裁も「円高は長期的には経済にプラス」と発言し、円高を後押しした。
ロイターによると、藤井財務相は、「緩やかな動きならば介入することには反対」、「円が少し高くなるということで、ほかの国が協調介入するとは考えられない」、「少なくとも投機資金が入って乱高下になったときには何か考えなければいけないが、今の状況はそうとは思えない」と語ったとのことで、市場は少なくとも現時点での介入には消極的と受け止めた。
今の時点では、どのレベルにまで円高が進めば介入するのか、あるいは、介入そのものに否定的なのかは分からない。
私自身は、日本の300兆円を超える累積経常黒字に比べて、外貨準備高が100兆円余りと少なすぎるので、円高への対応は十分にできるが、円安への対応には準備金不足と考えている。つまり、介入支持派だが、一個人の勝手な考えだ。
ここで、市場介入というものを、もう一度考えてみたい。
市場でだれかがポジションを保有すると、市場からそのポジションが保有者のもとに移り、市場価格にはバランスを取るための圧力がかかる。1カ月保有のポジションは1カ月の間、1年の保有期間は1年の間、10年債の償還までの持ち切りは10年の間、相場の方向に影響力を与え続けているのだ。
FX市場での輸出や輸入、または個人による海外旅行のための外貨買いなどの、売り切り、買い切りは、反対方向の同種の力で相殺されるまで、相場に影響力を持ち続けているといえる。つまり、日本の経常黒字で買われた円は、市場の円ショートとして残っているはずなのだ。30年以上にわたって累積したそのショートポジションは、同種の円売りによってのみ埋められる。日銀の円売り外貨買いによる外貨準備高の増加は、持ち切る限りにおいて、相応分の円高要因を相殺しているのだ。
金利差による円安要因がその力を発揮するには、個人が外貨預金を持ち続けるか、年金など長く保有する資産に占める外貨の比率を上げねばならない。投機筋が金利差のキャリーを取る場合では、だれかが途中でやめても、金利差がある限り入れ替わり立ち替わりでキャリーを取りに来るような形で、つまり、投機筋全体で実質的にポジションが継続保有されていて、初めて力を発揮するといえる。
ここで、通貨の固定相場など、投機筋のキャリートレードを当てにした価格維持政策が、いかに価格変動の本質から離れているかを説明しよう。
2つの通貨を1対1に固定するには、需給の調整をはからねばならない。例えば、高速道路で上り線と下り線の交通量を同一にするような調整が必要だ。上りが55台通ったから、下りも55台通して、あとの車は並ばせておくような調整なのだ。
下りの車が増えて、どうしても通らせねばならなくなると、需給バランスをとるために誰かに上り車線を走って貰うことになる。この場合の下りが実需で、上りの多くは仮需というわけだ。仮需を呼びこむにはコストがかかる。ガソリン代を負担したり、運転手に日当を払わねばならない。この支払いコストは下り車線を利用する実需から徴収することになる。
通貨の固定相場の場合では、仮需である投機筋に金利を与える形を取るのだ。その高金利負担は実需の背景である経済全体で背負うことになる。しかし投機筋にとっては、金利差が取れても価格で失えばそのトレードの魅力は乏しいので、当局の恣意的な価格維持手段に期待することになる。介入という形で、政府の車に上り車線を走らせるのだ。価格変動がなく、金利差だけがあれば投機筋はポジションをいくらでも膨らませてくる。これが、いわゆる、キャリートレードなのだ。つまり、どんな形ででも需給のバランスが取れている限り、レートの変動は防ぐことができるので固定相場が守れるのだ。
こういった為替の固定相場が機能するには、経済の規模に比べて通貨の需給が小さい必要があるといえる。例えば、上下線の交通量の差が小さければ、また差は大きくても絶対量が小さければ、大きな経済にとっては深刻な負担とはならないのだ。旧共産圏の通貨が長らくまがりなりにも固定相場でいられたのには、そういった背景がある(もっとも、崩壊前の多くの共産圏の国ではバーターや闇のレートが横行し、交通量の少ないのは政府がつくった道路だけだという状態になっていた)。
しかし、仮需はあくまで仮の需要なのだ。上り車線を走った車は、いつの日にか帰ってくる。介入で走らせた政府の車も、向う側に放置するわけにはいかない。近い将来に実需が反転して、上りの方が多くなれば問題ないのだが、固定相場を維持している限り実需が自動調整されずに、下りが増え続けるのが一般的だ。このように増え続ける実需に恐れをなして、仮需が実需と一緒に下り車線で帰ってくるときに起きるのが「通貨危機」なのだ。
また、ドルとの固定レートを保つ「ドル・リンク」は、ドルが弱い間だけ機能する。ドルとリンクしているだけで、輸出価格競争力がついてくるからだ。一方、ドルが強くなると、連動するリンク通貨も強くなるが、多くの場合、自分の力で強くなっているわけではない。弱い経済が通貨高で競争力を失い、そのうえ金利も高いと、いずれその経済に危機が訪れることになるのだ。過去の通貨危機は、いずれもリンク元の通貨(米ドル)が強くなった時に起きている。
2009年の時点で、大きな通貨のフローがあるにも関わらず、価格維持政策をとっている国は中国だ。このまま同じ政策をとり続けると、その外貨準備高はますます増大することになる。一方で、中国企業の海外での企業買収や、設備投資に、資金援助をするとも言明している。つまり、外貨建てのままの海外資産を増やすつもりのようだ。
外貨準備高で米国債を買うことも、政府や民間が海外資産を持つことも、仮需というよりは実需だ。また、経常黒字の還流につながるので、文句のつけようがない価格維持政策、つまり元高阻止となっている。自国通貨を強くしないのは簡単だ。それができるのは、黒字だからなのだ。
為替の市場介入には必ず外貨が絡む。他国を当事者として巻き込むことになるので、他国からの関心や牽制が避けられない。とはいえ、為替レートはその国の経済に大きな影響を与えるので、市場に任せきりで放置というわけにもいかない。投機筋はレバレッジを梃に、容易に乱高下を演出できるからだ。
金融政策とは、マネーサプライの増減でも、金利政策でも、市場介入に他ならない。為替の介入だけを、自由市場の妨げと考えるのは、論理的ではないと思えるのだが、、、