蘇我氏と伊那・伊奈の石工は繋がっている

 

石造物を調べていると、どうしても信州高遠にある伊那、あきる野市(東京都)伊奈の石工たちは国内の歴史書などに目を通しても蘇我氏に触れたものは皆無であるが、蘇我氏の中でも「蘇我稲目(そがのいなめ)」については稲目、伊那目、伊奈目というように三種の名前がつけられているところから、蘇我氏の家系について調べてみた。

 

蘇我氏の家系図

 

古代の蘇我氏については上の家系図の通りであるが、歴史に登場しだすのは古墳時代に活躍した稲目の時代である。この稲目については前にも述べたように「稲目、伊那目、伊奈目」の三種の呼び名がある。

 

蘇我稲目については三種の呼び名がある

 

本宗家が滅びた後の足取りについては乙巳の変(飛鳥時代645年)で蘇我入鹿が中大兄皇子と中臣鎌足らによって宮中で暗殺されたことまではよく知られているが、余り詳しく分かっていないようである。その足取りについては稲目の三種の呼び名にヒントがあると私は考えている。

 

乙巳の変で蘇我氏本宗家は滅んだとされている

蘇我氏の本拠と伊那・伊奈の位置関係

信州高遠町伊那谷

伊奈地区(あきる野市)

平安時代に信州伊那から石工がやってきたと伝わる岩走神社

伊奈(あきる野市)に伝わる神さまは中国が発祥とされている

 

以上のように日本の歴史書などには乙巳の変後の蘇我氏本宗家の足取りについて詳しく述べられたものは今のところ見当たらないが石工たちの足取りに、その痕跡を求めることができるのではないかと考えている。