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ELVIS PRESLEY と渓流釣りに夢中です。気楽に話したいです。
渓流釣りはこちらです.http://patchitup.livedoor.blog/

MRSから新譜です。

1974年3月16,17日の生まれ故郷メンフィスでのライブ。

16年ぶり。。

このCDはステレオされているとのことです。

CD1は3月16日午後のオープニングショーです。

(下記はGOOGLE翻訳です)

「「故郷には戻れないと言うが、それは
全くの嘘だ。」
これは、エルヴィスが1974年3月20日、
その年のツアー
最終公演でメンフィスの観客に語った
言葉です。

3月1日、エルヴィスはオクラホマ州
タルサでアメリカ
南部ツアーの幕を開けました。テキサス、
ルイジアナ、
アラバマ、ノースカロライナ、バージニア、
テネシーなど、20日間連続で25公演を
こなし、
愛する故郷テネシー州メンフィスでも
5公演を
行ないました。前述の3月20日の公演は
彼の
レコード会社によって録音され、その
短縮版が
同年6月に5枚目のライブアルバムとして
正式にリリースされました。

今回、3月16日の公演の公式初録音となる、
息を呑むほど美しい新リマスター・
ステレオ音源で
完全収録されたこのコンサートは、
エルヴィスが
メンフィスで13年ぶりに開催した公式
コンサートとなります。  
1961年2月25日のあの象徴的な
チャリティショー以来、故郷の観客の
前に姿を現すことはなかった。

2001年のテーマ曲が鳴り響く中、
エルヴィスは
ステージに登場した。彼は、ほぼ1年前の
テレビスペシャル番組「アロハ・フロム
・ハワイ」で
着用していたのと同じ、あの悪名高い
サルトを
身につけていた。1万2300人の観客は、
彼の登場だけで
歓声を上げ、今では名曲となった
「シー・シー・ライダー」
の冒頭の歌詞を力強く歌い上げると、
再び歓声を上げた。
「どうもありがとう」でオープニング
ロックを締めくくり、
まるで街全体が観客席にいるかのように
「ハロー、メンフィス!」
と力強く歌い上げた。自信に満ちた声で
彼は歌い続けた。
「ゴット・ア・ウーマン」を力強く
歌い上げた後、
「久しぶりに故郷に戻って
こられて嬉しい」と
コメントした。彼の声に込められた
誠実さは、
メンフィスへの愛を物語っていた。 
こうして、
1955年のサン、1969年のアメリカン・
サウンド、
そして1973年のスタックスでの
歴史的なメンフィス・
レコーディングへと話が戻ります。

お馴染みの「Love Me」に続き、
エルヴィスは
「…これはサン・レコードで録音した
3曲目です」と
紹介し、このツアーのために復活した
サンの名曲
「Tryin' To Get To You」を力強く
歌い上げました。
「Hound Dog」「All Shook Up」
「Love Me Tender」
「Teddy Bear」「Don't Be Cruel」と
いった名曲に加え、
「Let Me Be There」「American Trilogy」
「Help Me」(後者はその年の後半に
シングルカットされました)
といった同時代の曲も演奏されています。
「Steamroller Blues」
「Polk Salad Annie」「Suspicious 
Minds」も、
どれも素晴らしい出来栄えです。

「Can't Help Falling in Love」で
締めくくるずっと前から、
彼は、人は故郷に帰れないという説を、
自分自身、
そして自分だけが覆したのだと悟って
いたに違いありません。
 エルヴィス・ライブ・イン・メンフィスより!
楽しいリスニングを!」
CD1はELVISの調子は良くありません。
普通の調子。

下記LOVE MEの前に久しぶりに戻ってきたって言ってます。

ライブで初登場の「TRY TO....」

16日はアロハスーツでした。

CD2は17日夜のライブです。

このライブはELVISの調子は抜群です。
このライブではこの時期には珍しく
「Thats all right」を演奏してます。

17日はred flower suitsです。

この解説書はスーツの種類の説明が好きらしいです。

上の写真は20日の公式ライブ盤の原画らしいですが、マネージャーのパーカがコンサートの中で良い写真がないので、急遽部下にに指示して撮らせたものです。

 

この16,17日で4回のライブのあと、18,19日はメンフィスを離れ、20日にまたまたメンフィスでライブで過酷スケジュール。

このようなドサ回りさせたマネージャーのパーカーには腹が立つ!!

 

映画「ELVIS」で「ELVISを作ったんだ」とのたまうパーカーでしたが、普通の才能のパーカーがELVISと出会えたことを至福と思うべきです。