揉む 押す 引っ張るって 限定された世界だよね

 

揉まない 幼い 引っ張らないって 限定されていない世界

 

限定された世界で 肩こりを改善していく 限定されていない世界でも肩こりを改善していく

 

マッサージによって血流をよくしようとする、 腰痛 肩こり 美容 限定された世界

 

物質の世界 限定された世界 非物質の世界 無限の世界

 

 

 

 

般若心経では 釈迦が深い瞑想に入った時に 観音様がシャーリプトラに語りかける 

 

戯曲になっている、、、

 

シャーリープトラよ、、、、 

 

 

釈迦が説いた教えには 五蘊 十二処 四諦 

 

これらを観音様がことどとく否定しているのが般若心経、、、

 

これらも実体のあるものではなく 空(くう)であるということ。

 

no no no noとシャウトし続けているのだ

 

 

般若心経の英語訳の一部

 

no Birth no Death,
no Being no Non-being,
no Defilement no Purity,
no Increasing no Decreasing.

No eye, no ear, no nose, no tongue, no body and no mind.
No shape, no sound, no smell, no taste, no feeling and nothought.

 

 


 

 

ジョンレノンのimagineは 般若心経の影響と言われている

 

Imagine there's no Heaven

No Hell below us

Imagine there's no countries

Nothing to kill or die for

And no religion too

Imagine no possessions

No need for greed or hunge

 

no no no noとシャウトしている

 

「固定観念をリセットし、新しく考え直す」という、般若心経の教えの革新的な思想になっているのが、「空」(くう)

 

 

さとう式も

 

揉まない 押さない 引っ張らない 

 

リンパの流れを良くするにはリンパは流さない 

 

姿勢を良くするには肩甲骨はよせない 軸はつくらない 

 

リフトアップは引き上げない

 

力を出すには力を入れない

 

肩こりは血流障害なんかじゃない

 

筋肉が衰えるから腰痛になるんじゃない

 

神経は痛みを感じない

 

 

 

 

 

no no no no と叫び続けている、、、、

 

 

 

 

 

 

お釈迦様は人間であり 仏陀は悟りを開いた人の意味

 

菩薩は 仏の次の位のもの、仏道を成就させようとする行者(ぎょうじゃ)。

 

観音様 観音菩薩は 音を観る業者 音とは声であり その声が 観自在菩薩 その声は 自分の中にある(自在)

 

シャーリープトラに語りかけている 観自在菩薩は 修行中の行者のハイヤーセルフ

 

シャーリープトラのハイヤーセルフ 気付きは 瞑想の中で 釈迦やワンネスにつながり

 

それは 五蘊 十二処 四諦 でもない 悟りでもない ということを語り出した

 

そして 釈迦は瞑想から醒め その通りだと答えた、、、

 

表現こそ違うが シャーリープトラの観自在菩薩と 釈迦の教えは同じだったのだ

 

 

 

さとう式もいわば私のハイヤーセルフが私に語りかけてきたもの

 

「それって違うんじゃないの?」 全てが違う、、、

 

「そう物質ではないのだ 空間なのだ 非物質なんだよ、、、」って

 

 

断捨離もカタカムナも古事記も般若心経も 同じことを言っている

 

自分の中に神様がいて 自分に語りかけてくるのだ その音を観る それこそが 観音

 

自分と全体を照らし合わせる それが  それがアマテラス 

 

自分を整えていく 世界を整えていく

 

 

 

 

 

 

細胞も筒であり 生命の器であり

 

筋肉の束も筒であり エネルギーをうむ 機器

 

そして身体も筒であり  生命や精神の器である

 

 

枠組み 物質の 外側から それを見ていく 限定された世界ではなく 限定されていない世界

 

物質ではなく 空間を観る 

 

 

それがさとう式の世界だ

 

全ては同じ だから 何故 揉まないのに 肩こりがなくなるのか? と言われても

 

本来は 腔の世界から 説明しなければいけない 空(くう)を広げていくということ

 

そもそも 腔から私たちの生物が進化し 人間となったのだ