昨日
これを書いていて 承認欲求って 自己肯定感をあげるために
あるんだと 気がついた、
当たり前かもしれないけど、
自分が自己肯定感がすっごく高いと思っていたのね
他界した父が ギャンブラーで 弱い人間だったから 自分の弱い部分が
嫌いで 強がっていきてきた。
自己啓発のセミナーなどで 弱い父を許し 弱い自分を許したら
完全に腑抜けになってしまって 「いやいやゆるしちゃいけない!」って
ずっと自分の課題だったのね
今 好きな仕事をして 経済的にも満たされて 時間がある 理想の生活をしている
ところが ちょっと落ちていたのね
こんなままじゃダメだって こんなんじゃダメだって
やっぱり自分を責める自分がいるんだよね〜
まだまだ 未来をみて 現在をみていないんだよね!
自己肯定ができないから 人が肯定できていない
さとう式以外のもの を肯定できないなかった
今も肯定できないのかもしれないけどね!
もっともっと自己受容が必要だよね〜
そうすれば 「俺は凄い」って 示さなくてもよくなるから、、、、
やっぱり 兄たちに虐められたり 学校でも問題児で
完全に負けているのに 一人で戦ってきたからね!
小さい時に兄たちに囲まれて 「こいつ凄いぞ、殴っても泣かないぞ!」
といわれながら 殴られても 泣かないで一人で戦っていたみたい
平気だったんだけどね!
父親のこと許しても良い 許さなくても良い 関係ない! ってなって
自分は自分の道を進むし 進んできた
それでも まだ自己肯定感は低かったみたい、、、、
まだまだ こんなもんじゃない
その裏に こんなんじゃダメだってのが 根強くあるんだよね〜 不思議!
ずっとずっと もやもやしていた 数学や物理の夢
私は 数学物理で 相対論と量子力学の統一理論を解明したかった
そして 受験に失敗し 今の歯科医師という立場には全く満足していない
(これが今の自分を認めていないってことなんだよね!)
でもある意味 昔の夢が 今 少しだけ解明ができた
自分が認めてあげないとね〜、、、、
そう 承認欲求<自己受容
なんだよね〜
認められたいの前に 自分を認めてあげよ!
そこから〜の 他者受容 これができて’はじめて
結果的に承認欲求は満たされる
人が許せないのは 自分が許せないだけなんだよね〜
自分も 自分の子供も 何があっても 愛せるか?
子供はできても 自分はできないかも?
子供もその中に自分が入っていると思うと 許せないのかも?
このままで良いし もっと楽しい方向に進みましょう! 今を楽しんでいきましょう!


