心屋さんの本とかテレビ DVDを見ていると

必ず 悩み の解決法が 「どうあるか!」で収束しているんですね。

「どうするか」「どうしたら良いのでしょうか!」ということを人はききます

ところが問題は 自分にあって 「どうあるか」なんですね。

子供の子育てに ついて悩んでいる。

「どうしたら良い子に育つの?」そんなの「知らない」

自分がどうあるかなんですよね。自分が子供にとって羨ましい人なら

子供はそれを真似するだろうし.....


ところが そいういったことを言うと 見本になる親になろうとしてしまいます。

そうじゃなくって 自分が楽しめているのか?

「勉強しなさい!」「努力しなさい!」って親は 自分は

好きでないのに 「勉強」してきた 「努力」してきた

それに伴う 子供の反応は 「勉強しない」 か 「勉強する!」か

「努力しない」か「努力する」ってものですよね~

本質をかくして 一生懸命努力すればするほど 子供は

それに縛られてしまうか もしくは 反発するかのどちらかです。

反発しながらそれを抑え込んで病気になってしまう子供達もたくさんいます。





自分が楽しんで 「学んできた」 楽しんで いろいろやってきた っていうのが

子供に伝われば 子供は 楽しんで 色々やるようになる。



「勉強しないこと」を 悪いことと決めつける それが 自分を縛り

子供を縛る ところが 自分も勉強は嫌だ もっと楽しみたい 楽しみはじめると

子供も何故か勉強をし始めてしまう.....



自分が縛られていたものから解放されれば 子供も縛られているものから

解放され 自由に選択するようになる。

何故 子供が解放された時に勉強をはじめるのか?

それは 擦り込みがあるからんですね。 本人も勉強しなければと思っている

それを「嫌だと」思わせているのは 実は 親だったりするんですね~



間違えていけないのは厳格な親であろうとする必要はないわけです。

子供にとっての 見本である親は だらしない親であったり 

厳格でなかったり でも向上心はあって  楽しんでいる親

自分が人生を楽しめれば 子供達も人生を楽しむことができる

人生を楽しむのに 努力はいらない 

「楽しんでいるだけで良いのか?」

でも本当に楽しむには 色々とやんなきゃいけないこともあって

それを含めて楽しいわけですよね~。

子供も犠牲にならないし 自分も家族も犠牲にならない


自分がどうあるか どうありたいか! 

努力が好き(楽しい)なら努力すれば良い

でもそれは楽しむための必須条件ではない。



子供達を愛すのは当たり前で それが 片思いではいけないんですね。

愛される(媚びることではありません)親であるかどうか

これは お互いにムカつきながらでも 愛しているか 愛していないか ということに

なります。