「おーい、そろそろ終わりにするべ」
そう言って汗を拭いながら声を上げたのはシゲさんだ、俺も汗を拭きながら腰を伸ばす、季節はもうすっかり夏になっていた。
今日は村の男達総出で水田の草むしりをしていたのだ、シゲさんの声に反応して次々に水田の中から顔を出す。
「うあー、お疲れさん」
皆一様に唸るような声を上げて腰を伸ばしていた、炎天下の中、足場の悪い水田の中に足を入れたまま長時間腰を曲げての労働、正直この村に着てから一番辛い仕事だったといっても過言ではない。
「いやー疲れだ」
「早く戻るべ」
そんな事を言いながら皆で滝に向かう、俺はもう一度腰を伸ばすように背伸びをし、さっきまで水田に生えていた雑草を水田の外に向って投げ捨てると他の大人達に続いて滝に向かった。
滝の前に着くと浴びるようにして水を飲む、冷たくて気持ちいい、顔と頭を洗い、服を脱ぐと滝の水で洗う、服を硬く絞って羽織った。
揃って家の方へ戻る、皆疲れているのだろう、口数が少ない、皆それぞれの家には向わずに村長さんの家へ皆で向った。
家の中では女の人達が昼食の準備をしていた、総出で大変な農作業をする日は大体こうして皆揃って食事をするのだ。
「子供達、呼んできますね」
俺は家の中に向ってそう言うと広場へ向った、相変わらずの強い日差しの中、家の間を歩いて行く、これなら服も直ぐ乾くだろう。
広場へ着くと子供達が遊んでいた、3人で竹トンボを飛ばし、残った1人がそれに向ってボールを投げていた。
ルールは分からないが楽しそうに遊んでいる。
「おーい、そろそろお昼だよ」
そう言うと子供達はこっちを向いて言った。
「だいちゃんも遊ぼー!」
「だめ、お昼ご飯食べないと」
子供達はしょうがないといった様子で駆け寄ってくる。
皆揃って家の方へ戻る、村長さんの家の中を覗いてみるとまだ食事の準備をしているようだ、女の人達が慌しく釜戸の前と家の中を往復している。
この中に子供達を入れても邪魔になるだけだろう。
「忙しそうだから滝の方で手を洗って来よう」
そう言って子供達を連れて滝に向った。
「だいちゃんはー?」
カズキが滝で手を洗いながら言う。
「俺はさっき洗ったからね」
そう言って持っていた手拭でカズキの手を拭いてやる、同じ様にして子供達全員手を洗い終わると家の方へ戻って行った。
村長の家に入ると食事の準備は終わっているようだった。
「すみません、遅くなって、滝の方で手を洗ってきたので」
そう言いながら家の中に入る、子供達も続いて中に入った、皆揃ったのを確認すると村長さんが言った。
「んだば皆揃ったがな? いただきます」
「いただきます」
そう言って皆食事を始める、俺はフタバのお椀にお湯を入れて薄めてやった、フタバもゆっくりと食事を始める。
「ごちそうさまでした」
そう言って立ち上がったのはカズキだ、相変わらず早い、カズキは自分の食器を片付けると広場の方へ走っていった。
それからしばらくしてロクスケ、シオンと同じ様に食べ終わり食器を片付けて広場の方へ走って行く、フタバはゆっくりと食べていた。
やがて全員食べ終わり後片付けを始める、フタバは自分の食器を片付けて他の片付けを手伝おうとしていた。
「いいよ、皆と遊んできな」
俺はフタバにそう言ってやる、フタバはこちらを向いて軽くおじぎをすると広場の方へ向った。
後片付けが終わると男達は皆部屋の中で横になっていた、午前中の労働が堪えているのだろう、俺も腰を伸ばすようにして横になる。
しばらくそうしていると1人が立ち上がって言った。
「そろそろ始めるべー」
悟さんだ、それを聞いて皆のそのそと立ち上がる、俺もゆっくりと立ち上がって背伸びをした。
水田の草むしりは半日では終わらない、今日は午後からも水田の草むしりをする予定なのだ。
俺は立ち上がると腰の状態を確認するように左右に捻ってみる、草むしりをしていれば直ぐに痛くなるだろうが何とか午後も出来そうだ。
家を出て水田に向う、午前中と同じ様に草履を脱ぎ、裾を捲り上げて水田の中に入り、腰を曲げて雑草を抜き取る。
案の定あっと言う間に腰が痛くなる、時折腰を伸ばすようにしながら草むしりを続けた、素足で水田に足を入れている為、足元は涼しいが顔からは汗が噴出す、俺は時折汗を拭いながら草むしりを続けた。
ある程度草むしりを終えたところで俺は水を飲もうと思い滝に向った、滝の前には既に別の人が居た、シゲさんだ。
「お疲れ様です」
俺はそう言って滝に近づく。
「おー、お疲れさん」
シゲさんは振り向きながら言った。
「こうも暑いば、水飲まないと倒れちゃよ」
「シゲさんが飲みたいのはお酒でしょう」
笑いながら話す、シゲさんと場所を代わって滝に腕を突っ込んで洗うと、水をすくって飲んだ。
「だいちゃんは子供達ど遊んでくるかい?」
「いや、まだ半分位ですし最後までやっときますよ」
「そうかい」
そんな事を話しながら水田の中に戻る、また腰を曲げて草むしりを始める、腰が痛む、お言葉に甘えて子供達の所へ行けばよかっただろうか。
腰の痛みを堪えながら草むしりを続ける、やがて水田の端まで着いた。
「終わったー」
そう言って大きく溜め息をつきながら腰を伸ばす、もう日は大分長い季節だったが空を見上げると日が落ち始めていた。
午前中と同じ様に皆揃って滝の方へ向う、腕も足も泥まみれだ、滝の中に両腕、両足を突っ込み、泥を洗い落とす。
全員洗い終わると皆揃って村の方へ戻って行った、村長さんの家に入ると午前中同様、女の人達が食事の準備をしている、シゲさんは自分の家に向った、きっとお酒を取ってくるのだろう。
「子供達の所に行ってきます」
俺は家の中に向ってそう言うと広場へ向った、子供達は相変わらずルールのよく分からない遊びをしている。
「一緒に遊ぼー」
俺に気が付くとカズキが言った、日は落ち始めているがまだ明るい、夕食まではまだ時間があるだろうと思って俺は広場の中へ入る。
子供達は3人で竹トンボを飛ばし、残った1人がその飛んでいる竹トンボにボールをぶつけるという遊びをしているようだ、採点基準は分からないが格好良い当て方をした方が高得点らしい。
俺も一緒になって竹トンボを飛ばしてやる、カズキはボールを持ってその竹トンボを追いかけ、ボールを投げていた。
しばらくそうして遊んでいると広場の入口の方で呼ぶ声がした、敏子さんだ、もう夕食の準備が出来たのだろう。
「じゃぁ皆帰るよー」
そう言って子供達を集める、広場の入口で待っていた敏子さんと一緒に家のほうへ戻って行った。
「だいちゃんはそっち」
そう言うと敏子さんは子供達を連れて行く、そういえば今日は宴の日だ、大人達は村長さんの家、子供達は敏子さんの家で食事を食べるのだ。
「ちゃんと手洗えよー」
俺は子供達に声を掛ける。
「はーい」
子供達は家の中に入りながら返事をした、俺も村長さんの家に入り水瓶の前に行き手を洗う。
家の中に入ると皆もう食事を始めていた、しかし皆何処か暗い雰囲気だ、午前、午後ときつい農作業をしていたからだろうか。
違う、これはダイゴがいなくなった日と同じだ。
そう思うと俺は背筋が冷たくなるのを感じた、今日、大蛇様が来る、また子供達が連れて行かれるのだろうか、村の人に話すか、いや、俺には大蛇様の事を隠しているのだ、話してくれる訳が無い。
そんな事を考えながら家の中に置かれていた鍋の前に座っていると話し掛けられた、シゲさんだ。
「飲むかい?」
もう大分前から飲んでいたのだろう、顔が赤い。
「いえ、まだ食べてないので」
「そうかい、こんな日は酒でも飲んで寝ちまうのが一番だ」
そう言うとシゲさんは酒瓶を持ったまま、部屋の隅の方へ歩いて行って壁に背を当てて座った。
入口の方を見ると敏子さんが戻ってきた、敏子さんは水瓶の前で手を洗うと家の中に入ってきて俺の隣に座って言った。
「ご飯、食べました?」
「あ、いえまだ」
「じゃぁ」
そう言うと敏子さんはお椀に鍋の中身を盛ってくれた、俺は軽く頭を下げながらそれを受け取る。
俺はしばらくそのお椀を見つめていたが口は付けずに床に置くと言った。
「ちょっと子供達の様子見てきます」
俺は村長さんの家を出て子供達が居る敏子さんの家に向う、家の中に入ると子供達は全員眠っていた。
家の中に入り眠ったままの子供達の頭を撫でてやる。
しばらくそうしていると家の入口の方で音がした、敏子さんだ、敏子さんは何も言わずに俺の隣に座ると子供達の頭を撫でてやった。
「大蛇様は、来るんですか」
俺は小さな声で言った、敏子さんは何も答えない、俺は続けて言う。
「ダイゴ君の草鞋、森で見つかりましたが、いなくなった次の日までここにありましたよね?」
敏子さんは少し驚いた様な顔をしたが黙って頷いた。
「何故隠すんです? 大蛇様って何なんですか、ダイゴは……」
俺がそこまで言うと敏子さんは立ち上がって言った。
「戻りましょう、皆心配するから」
「でも」
俺は言葉を飲み込んだ、村の大人達は何かを隠そうとしている、隠そうとしている事を聞いても何も答えてはくれないだろう。
だがこのままではまた子供達が連れて行かれてしまう。
どうすればいい、大蛇様が何なのかは分からないが、たとえ俺がここで眠らずに子供達を見張っていたとしても今日は来ないだけか、最悪の場合、俺が排除されてしまうだけだろう。
取り敢えずここに居てもしょうがない、そう思って立ち上がると俺は村長さんの家へ戻った。
敏子さんは鍋の前に座っている、食事を取らずに入口近くに座り、腹の上に布を掛けて考える。
敏子さんにこれだけ話してしまったのだ、もう俺は村に居られないかも知れない、俺が村から逃げるのは構わない、だが子供達はどうする、全員担いで森の中に逃げ出すなんて出来る訳が無い。
誰が、何の為に子供達を連れて行くのか、大蛇様の正体、それがわからなければ対処のしようが無い。
俺に大蛇様の正体は明かされていない、子供達が連れて行かれる理由を知ったら俺が認める訳が無いと思っているからだ、相当やましい事があるのだろう、ならば村を出て警察に駆け込めばいいだろうか。
そんな事を考えながら時間は過ぎてゆく。
ふと、外で何か物音がしたような気がした、いや、物音がしたのではない、蛙の鳴き声が止んだのだ。
全て鳴き止んだ訳では無いが確かに少し蛙の鳴き声が止んでいる、大蛇様が来た、俺は直感的にそう思った。
どうするべきか考えはまとまっていない、だが何もしない訳にはいかない、このままでは子供達が連れて行かれてしまうのだ。
俺はゆっくりと立ち上がる、入口近くまで行き音を立てないように気を付けながら草履を履く。
扉を開けると冷たい空気が流れ込んできた、俺は慌てて振り返る、どうやら誰も気付いていないようだ、外に出てゆっくりと扉を閉めた。
大きく深呼吸をする、蛙の鳴き声がうるさいくらいに響いている、時計が無いので時間は分からないがもう深夜だろう。
暗くて遠くまでは見えない、だが月明かりのおかげで辺りの様子は確認する事が出来る、これなら村の中なら歩き回る事が出来るだろう。
俺は足音を立てないように気を付けながらゆっくりと、子供達が眠っている敏子さんの家に向った。
小屋の隣を通り、村の中央にある道に出る、誰か居ないか確認するように左右を見渡すと明かりが見えた。
ロウソクではない、多分懐中電灯だ、暗くて明かり以外は見えないがちょうど広場の前辺りだろうか。
その明かりはゆっくりと奥にある森の方へ進んで行く、俺は弾かれた様に走り出して子供達が居る家に向う。
扉を開けて中に入る、家の中は暗かったが開いた扉から差し込む月明かりで中の様子は確認する事が出来た。
1人、2人、3人、草履も履いたまま家の中に入り子供達の数える、3人しか居ない、誰が居ないのだろう、フタバだ。
「カズキ、カズキ!」
俺は眠ったままのカズキを揺すりながら声を掛ける、かなり深く眠っているようで反応が無い。
俺は家の中から飛び出して村の中央にある道に出る、広場の方を見るがもう明かりは見えなかった。
俺は急いで小屋に向う、草履では走り難い、草鞋、いや、靴だ、そう思って小屋に入り、置いてある懐中電灯をつける。
農作業の道具を掻き分け、奥にしまっていた靴を取り出すと草鞋を脱ぎ捨ててその靴を履いた。
小屋の外に飛び出すと外に誰かが立っていた、懐中電灯を向ける、村長さんだ、よく見ると村長さんだけではない、多分村の大人全員だろう。
「フタバ、フタバが!」
俺は森の方を指差しながら言う、誰も何も言わない。
「早くしないと!」
俺は大きな声で言う、村長さんがゆっくりと口を開いた。
「あの子はもう、長くないんじゃ、だから」
俺は村長さんが言い終わるのを待たずに言う。
「だからって生贄にしてもいいんですか! 病気だって絶対治らない訳じゃない! それにダイゴだって」
やはり村の人達は大蛇様の事を分かっていたのだ、だがどんな理由があろうと子供を生贄にする事を認める事は出来ない。
こんな事をここで話していても意味が無い、早くしなければフタバが連れて行かれてしまう。
俺は村の人達を押し退ける様にして小屋から出ると懐中電灯をつけて森に向って走り出した。
村の人達が呼ぶ声がしたが俺は振り向きもせずに走り続けた。
広場の前を抜け、畑の間を抜けて森の入口に着く、俺は一度呼吸を整えると森の中に入った。
森の中は月明かりが木々に遮られていて暗い、懐中電灯で足元を照らしながら慎重に進んで行く。
どちらへ進めばいいのだろう、もしかしたら既に追いつけない位遠くまで行ってしまったのだろうか。
いや、明かりが見えた時それかなりゆっくり進んでいた、それに何人居るのかは分からないがフタバを抱えて移動しているのだ、それに森の中だ、そんなに遠くまでは行けないだろう。
そう思って立ち止まると懐中電灯で辺りを照らしてみる、何も見えない、懐中電灯を足元に戻すとまた歩き出した。
どれくらい進んだだろう、ここはダイゴを捜しに森に入った時、二手に分かれた辺りだろうか。
もう一度懐中電灯を上げて辺りを照らす、やはり何も見えない、そう思って懐中電灯を足元に戻すと赤い光が見えた。
俺は反射的に懐中電灯を消すとその光の方に目を凝らす、100メートル程奥だろうか、赤い光が2つ。
この村に来た時に見た物と同じだ、2つの赤い光は直ぐに森奥の方へと消えていった、大蛇様の目、いや、違う。
俺は懐中電灯をつけると赤い光が見えた方向へ向う、木々は少なくなり、草だけが生えている場所に出る。
ちょうど1メートル位の間隔で草が薙倒された跡が2本、そして微かに排気ガスの臭いがする。
約1年間森の中の村で生活していた俺にとっては排気ガスの臭いはやけに目立って感じる。
間違いない、森で見た2つの赤い光、大蛇様の目なのかとも思ったが、あれは自動車のブレーキランプだったのだ。
フタバは間違いなくあの自動車に乗せられて連れて行かれただろう、草が薙倒された跡は更に森の奥の方に続いている。
今から自動車を追いかけても追いつけはしないだろう、しかしもう村に戻る事も出来ない、今まで平穏に暮していたとはいえ、俺は既に大蛇様の事に気付き、村の人達が止めるのを振り切って森の中に入ったのだ。
フタバを乗せた自動車が何処に向ったのかは分からないが、草が薙倒された跡を追っていけば何か分かるかもしれない。
そう思って歩き出そうとすると急に声がした。
「誰だ! そこで何をしている?」
俺は慌てて声がした方を向く、懐中電灯の光が2つ、いや3つ聞き覚えが無い声だ、村の人では無い。
俺はその人達が近づくのを待たずに声が聞こえた方向とは反対側の森の中へ駆け込んで懐中電灯を消した。
森の中を50メートルほど走って逃げる、木と草が生い茂っている場所を見つけるとそこ隠れた。
「待て!」
懐中電灯を持った男が3人、追いかけて来ている、だが暗い森の中だ、こうして明かりを消して潜んでいれば見つかる事は無いだろう。
俺は木と草の隙間に潜んだまま頭だけを少しだけ持ち上げて追いかけてきた人達の様子を伺う。
ここから見て分かっただけで5人居る、懐中電灯を持った男が3人とそれとは別に2人いた。
男達は手分けをして辺りを探っているようだ、懐中電灯を持った男の1人が近づいてくる、俺は見つからないように姿勢を更に低くする。
心臓が自身の体の一部では無いかの様に強く脈打っている。
「おい、もうこの辺には居ないんじゃないのか?」
男の1人が言った。
「そうかもな、取り敢えず戻って報告だ」
そう言って汗を拭いながら声を上げたのはシゲさんだ、俺も汗を拭きながら腰を伸ばす、季節はもうすっかり夏になっていた。
今日は村の男達総出で水田の草むしりをしていたのだ、シゲさんの声に反応して次々に水田の中から顔を出す。
「うあー、お疲れさん」
皆一様に唸るような声を上げて腰を伸ばしていた、炎天下の中、足場の悪い水田の中に足を入れたまま長時間腰を曲げての労働、正直この村に着てから一番辛い仕事だったといっても過言ではない。
「いやー疲れだ」
「早く戻るべ」
そんな事を言いながら皆で滝に向かう、俺はもう一度腰を伸ばすように背伸びをし、さっきまで水田に生えていた雑草を水田の外に向って投げ捨てると他の大人達に続いて滝に向かった。
滝の前に着くと浴びるようにして水を飲む、冷たくて気持ちいい、顔と頭を洗い、服を脱ぐと滝の水で洗う、服を硬く絞って羽織った。
揃って家の方へ戻る、皆疲れているのだろう、口数が少ない、皆それぞれの家には向わずに村長さんの家へ皆で向った。
家の中では女の人達が昼食の準備をしていた、総出で大変な農作業をする日は大体こうして皆揃って食事をするのだ。
「子供達、呼んできますね」
俺は家の中に向ってそう言うと広場へ向った、相変わらずの強い日差しの中、家の間を歩いて行く、これなら服も直ぐ乾くだろう。
広場へ着くと子供達が遊んでいた、3人で竹トンボを飛ばし、残った1人がそれに向ってボールを投げていた。
ルールは分からないが楽しそうに遊んでいる。
「おーい、そろそろお昼だよ」
そう言うと子供達はこっちを向いて言った。
「だいちゃんも遊ぼー!」
「だめ、お昼ご飯食べないと」
子供達はしょうがないといった様子で駆け寄ってくる。
皆揃って家の方へ戻る、村長さんの家の中を覗いてみるとまだ食事の準備をしているようだ、女の人達が慌しく釜戸の前と家の中を往復している。
この中に子供達を入れても邪魔になるだけだろう。
「忙しそうだから滝の方で手を洗って来よう」
そう言って子供達を連れて滝に向った。
「だいちゃんはー?」
カズキが滝で手を洗いながら言う。
「俺はさっき洗ったからね」
そう言って持っていた手拭でカズキの手を拭いてやる、同じ様にして子供達全員手を洗い終わると家の方へ戻って行った。
村長の家に入ると食事の準備は終わっているようだった。
「すみません、遅くなって、滝の方で手を洗ってきたので」
そう言いながら家の中に入る、子供達も続いて中に入った、皆揃ったのを確認すると村長さんが言った。
「んだば皆揃ったがな? いただきます」
「いただきます」
そう言って皆食事を始める、俺はフタバのお椀にお湯を入れて薄めてやった、フタバもゆっくりと食事を始める。
「ごちそうさまでした」
そう言って立ち上がったのはカズキだ、相変わらず早い、カズキは自分の食器を片付けると広場の方へ走っていった。
それからしばらくしてロクスケ、シオンと同じ様に食べ終わり食器を片付けて広場の方へ走って行く、フタバはゆっくりと食べていた。
やがて全員食べ終わり後片付けを始める、フタバは自分の食器を片付けて他の片付けを手伝おうとしていた。
「いいよ、皆と遊んできな」
俺はフタバにそう言ってやる、フタバはこちらを向いて軽くおじぎをすると広場の方へ向った。
後片付けが終わると男達は皆部屋の中で横になっていた、午前中の労働が堪えているのだろう、俺も腰を伸ばすようにして横になる。
しばらくそうしていると1人が立ち上がって言った。
「そろそろ始めるべー」
悟さんだ、それを聞いて皆のそのそと立ち上がる、俺もゆっくりと立ち上がって背伸びをした。
水田の草むしりは半日では終わらない、今日は午後からも水田の草むしりをする予定なのだ。
俺は立ち上がると腰の状態を確認するように左右に捻ってみる、草むしりをしていれば直ぐに痛くなるだろうが何とか午後も出来そうだ。
家を出て水田に向う、午前中と同じ様に草履を脱ぎ、裾を捲り上げて水田の中に入り、腰を曲げて雑草を抜き取る。
案の定あっと言う間に腰が痛くなる、時折腰を伸ばすようにしながら草むしりを続けた、素足で水田に足を入れている為、足元は涼しいが顔からは汗が噴出す、俺は時折汗を拭いながら草むしりを続けた。
ある程度草むしりを終えたところで俺は水を飲もうと思い滝に向った、滝の前には既に別の人が居た、シゲさんだ。
「お疲れ様です」
俺はそう言って滝に近づく。
「おー、お疲れさん」
シゲさんは振り向きながら言った。
「こうも暑いば、水飲まないと倒れちゃよ」
「シゲさんが飲みたいのはお酒でしょう」
笑いながら話す、シゲさんと場所を代わって滝に腕を突っ込んで洗うと、水をすくって飲んだ。
「だいちゃんは子供達ど遊んでくるかい?」
「いや、まだ半分位ですし最後までやっときますよ」
「そうかい」
そんな事を話しながら水田の中に戻る、また腰を曲げて草むしりを始める、腰が痛む、お言葉に甘えて子供達の所へ行けばよかっただろうか。
腰の痛みを堪えながら草むしりを続ける、やがて水田の端まで着いた。
「終わったー」
そう言って大きく溜め息をつきながら腰を伸ばす、もう日は大分長い季節だったが空を見上げると日が落ち始めていた。
午前中と同じ様に皆揃って滝の方へ向う、腕も足も泥まみれだ、滝の中に両腕、両足を突っ込み、泥を洗い落とす。
全員洗い終わると皆揃って村の方へ戻って行った、村長さんの家に入ると午前中同様、女の人達が食事の準備をしている、シゲさんは自分の家に向った、きっとお酒を取ってくるのだろう。
「子供達の所に行ってきます」
俺は家の中に向ってそう言うと広場へ向った、子供達は相変わらずルールのよく分からない遊びをしている。
「一緒に遊ぼー」
俺に気が付くとカズキが言った、日は落ち始めているがまだ明るい、夕食まではまだ時間があるだろうと思って俺は広場の中へ入る。
子供達は3人で竹トンボを飛ばし、残った1人がその飛んでいる竹トンボにボールをぶつけるという遊びをしているようだ、採点基準は分からないが格好良い当て方をした方が高得点らしい。
俺も一緒になって竹トンボを飛ばしてやる、カズキはボールを持ってその竹トンボを追いかけ、ボールを投げていた。
しばらくそうして遊んでいると広場の入口の方で呼ぶ声がした、敏子さんだ、もう夕食の準備が出来たのだろう。
「じゃぁ皆帰るよー」
そう言って子供達を集める、広場の入口で待っていた敏子さんと一緒に家のほうへ戻って行った。
「だいちゃんはそっち」
そう言うと敏子さんは子供達を連れて行く、そういえば今日は宴の日だ、大人達は村長さんの家、子供達は敏子さんの家で食事を食べるのだ。
「ちゃんと手洗えよー」
俺は子供達に声を掛ける。
「はーい」
子供達は家の中に入りながら返事をした、俺も村長さんの家に入り水瓶の前に行き手を洗う。
家の中に入ると皆もう食事を始めていた、しかし皆何処か暗い雰囲気だ、午前、午後ときつい農作業をしていたからだろうか。
違う、これはダイゴがいなくなった日と同じだ。
そう思うと俺は背筋が冷たくなるのを感じた、今日、大蛇様が来る、また子供達が連れて行かれるのだろうか、村の人に話すか、いや、俺には大蛇様の事を隠しているのだ、話してくれる訳が無い。
そんな事を考えながら家の中に置かれていた鍋の前に座っていると話し掛けられた、シゲさんだ。
「飲むかい?」
もう大分前から飲んでいたのだろう、顔が赤い。
「いえ、まだ食べてないので」
「そうかい、こんな日は酒でも飲んで寝ちまうのが一番だ」
そう言うとシゲさんは酒瓶を持ったまま、部屋の隅の方へ歩いて行って壁に背を当てて座った。
入口の方を見ると敏子さんが戻ってきた、敏子さんは水瓶の前で手を洗うと家の中に入ってきて俺の隣に座って言った。
「ご飯、食べました?」
「あ、いえまだ」
「じゃぁ」
そう言うと敏子さんはお椀に鍋の中身を盛ってくれた、俺は軽く頭を下げながらそれを受け取る。
俺はしばらくそのお椀を見つめていたが口は付けずに床に置くと言った。
「ちょっと子供達の様子見てきます」
俺は村長さんの家を出て子供達が居る敏子さんの家に向う、家の中に入ると子供達は全員眠っていた。
家の中に入り眠ったままの子供達の頭を撫でてやる。
しばらくそうしていると家の入口の方で音がした、敏子さんだ、敏子さんは何も言わずに俺の隣に座ると子供達の頭を撫でてやった。
「大蛇様は、来るんですか」
俺は小さな声で言った、敏子さんは何も答えない、俺は続けて言う。
「ダイゴ君の草鞋、森で見つかりましたが、いなくなった次の日までここにありましたよね?」
敏子さんは少し驚いた様な顔をしたが黙って頷いた。
「何故隠すんです? 大蛇様って何なんですか、ダイゴは……」
俺がそこまで言うと敏子さんは立ち上がって言った。
「戻りましょう、皆心配するから」
「でも」
俺は言葉を飲み込んだ、村の大人達は何かを隠そうとしている、隠そうとしている事を聞いても何も答えてはくれないだろう。
だがこのままではまた子供達が連れて行かれてしまう。
どうすればいい、大蛇様が何なのかは分からないが、たとえ俺がここで眠らずに子供達を見張っていたとしても今日は来ないだけか、最悪の場合、俺が排除されてしまうだけだろう。
取り敢えずここに居てもしょうがない、そう思って立ち上がると俺は村長さんの家へ戻った。
敏子さんは鍋の前に座っている、食事を取らずに入口近くに座り、腹の上に布を掛けて考える。
敏子さんにこれだけ話してしまったのだ、もう俺は村に居られないかも知れない、俺が村から逃げるのは構わない、だが子供達はどうする、全員担いで森の中に逃げ出すなんて出来る訳が無い。
誰が、何の為に子供達を連れて行くのか、大蛇様の正体、それがわからなければ対処のしようが無い。
俺に大蛇様の正体は明かされていない、子供達が連れて行かれる理由を知ったら俺が認める訳が無いと思っているからだ、相当やましい事があるのだろう、ならば村を出て警察に駆け込めばいいだろうか。
そんな事を考えながら時間は過ぎてゆく。
ふと、外で何か物音がしたような気がした、いや、物音がしたのではない、蛙の鳴き声が止んだのだ。
全て鳴き止んだ訳では無いが確かに少し蛙の鳴き声が止んでいる、大蛇様が来た、俺は直感的にそう思った。
どうするべきか考えはまとまっていない、だが何もしない訳にはいかない、このままでは子供達が連れて行かれてしまうのだ。
俺はゆっくりと立ち上がる、入口近くまで行き音を立てないように気を付けながら草履を履く。
扉を開けると冷たい空気が流れ込んできた、俺は慌てて振り返る、どうやら誰も気付いていないようだ、外に出てゆっくりと扉を閉めた。
大きく深呼吸をする、蛙の鳴き声がうるさいくらいに響いている、時計が無いので時間は分からないがもう深夜だろう。
暗くて遠くまでは見えない、だが月明かりのおかげで辺りの様子は確認する事が出来る、これなら村の中なら歩き回る事が出来るだろう。
俺は足音を立てないように気を付けながらゆっくりと、子供達が眠っている敏子さんの家に向った。
小屋の隣を通り、村の中央にある道に出る、誰か居ないか確認するように左右を見渡すと明かりが見えた。
ロウソクではない、多分懐中電灯だ、暗くて明かり以外は見えないがちょうど広場の前辺りだろうか。
その明かりはゆっくりと奥にある森の方へ進んで行く、俺は弾かれた様に走り出して子供達が居る家に向う。
扉を開けて中に入る、家の中は暗かったが開いた扉から差し込む月明かりで中の様子は確認する事が出来た。
1人、2人、3人、草履も履いたまま家の中に入り子供達の数える、3人しか居ない、誰が居ないのだろう、フタバだ。
「カズキ、カズキ!」
俺は眠ったままのカズキを揺すりながら声を掛ける、かなり深く眠っているようで反応が無い。
俺は家の中から飛び出して村の中央にある道に出る、広場の方を見るがもう明かりは見えなかった。
俺は急いで小屋に向う、草履では走り難い、草鞋、いや、靴だ、そう思って小屋に入り、置いてある懐中電灯をつける。
農作業の道具を掻き分け、奥にしまっていた靴を取り出すと草鞋を脱ぎ捨ててその靴を履いた。
小屋の外に飛び出すと外に誰かが立っていた、懐中電灯を向ける、村長さんだ、よく見ると村長さんだけではない、多分村の大人全員だろう。
「フタバ、フタバが!」
俺は森の方を指差しながら言う、誰も何も言わない。
「早くしないと!」
俺は大きな声で言う、村長さんがゆっくりと口を開いた。
「あの子はもう、長くないんじゃ、だから」
俺は村長さんが言い終わるのを待たずに言う。
「だからって生贄にしてもいいんですか! 病気だって絶対治らない訳じゃない! それにダイゴだって」
やはり村の人達は大蛇様の事を分かっていたのだ、だがどんな理由があろうと子供を生贄にする事を認める事は出来ない。
こんな事をここで話していても意味が無い、早くしなければフタバが連れて行かれてしまう。
俺は村の人達を押し退ける様にして小屋から出ると懐中電灯をつけて森に向って走り出した。
村の人達が呼ぶ声がしたが俺は振り向きもせずに走り続けた。
広場の前を抜け、畑の間を抜けて森の入口に着く、俺は一度呼吸を整えると森の中に入った。
森の中は月明かりが木々に遮られていて暗い、懐中電灯で足元を照らしながら慎重に進んで行く。
どちらへ進めばいいのだろう、もしかしたら既に追いつけない位遠くまで行ってしまったのだろうか。
いや、明かりが見えた時それかなりゆっくり進んでいた、それに何人居るのかは分からないがフタバを抱えて移動しているのだ、それに森の中だ、そんなに遠くまでは行けないだろう。
そう思って立ち止まると懐中電灯で辺りを照らしてみる、何も見えない、懐中電灯を足元に戻すとまた歩き出した。
どれくらい進んだだろう、ここはダイゴを捜しに森に入った時、二手に分かれた辺りだろうか。
もう一度懐中電灯を上げて辺りを照らす、やはり何も見えない、そう思って懐中電灯を足元に戻すと赤い光が見えた。
俺は反射的に懐中電灯を消すとその光の方に目を凝らす、100メートル程奥だろうか、赤い光が2つ。
この村に来た時に見た物と同じだ、2つの赤い光は直ぐに森奥の方へと消えていった、大蛇様の目、いや、違う。
俺は懐中電灯をつけると赤い光が見えた方向へ向う、木々は少なくなり、草だけが生えている場所に出る。
ちょうど1メートル位の間隔で草が薙倒された跡が2本、そして微かに排気ガスの臭いがする。
約1年間森の中の村で生活していた俺にとっては排気ガスの臭いはやけに目立って感じる。
間違いない、森で見た2つの赤い光、大蛇様の目なのかとも思ったが、あれは自動車のブレーキランプだったのだ。
フタバは間違いなくあの自動車に乗せられて連れて行かれただろう、草が薙倒された跡は更に森の奥の方に続いている。
今から自動車を追いかけても追いつけはしないだろう、しかしもう村に戻る事も出来ない、今まで平穏に暮していたとはいえ、俺は既に大蛇様の事に気付き、村の人達が止めるのを振り切って森の中に入ったのだ。
フタバを乗せた自動車が何処に向ったのかは分からないが、草が薙倒された跡を追っていけば何か分かるかもしれない。
そう思って歩き出そうとすると急に声がした。
「誰だ! そこで何をしている?」
俺は慌てて声がした方を向く、懐中電灯の光が2つ、いや3つ聞き覚えが無い声だ、村の人では無い。
俺はその人達が近づくのを待たずに声が聞こえた方向とは反対側の森の中へ駆け込んで懐中電灯を消した。
森の中を50メートルほど走って逃げる、木と草が生い茂っている場所を見つけるとそこ隠れた。
「待て!」
懐中電灯を持った男が3人、追いかけて来ている、だが暗い森の中だ、こうして明かりを消して潜んでいれば見つかる事は無いだろう。
俺は木と草の隙間に潜んだまま頭だけを少しだけ持ち上げて追いかけてきた人達の様子を伺う。
ここから見て分かっただけで5人居る、懐中電灯を持った男が3人とそれとは別に2人いた。
男達は手分けをして辺りを探っているようだ、懐中電灯を持った男の1人が近づいてくる、俺は見つからないように姿勢を更に低くする。
心臓が自身の体の一部では無いかの様に強く脈打っている。
「おい、もうこの辺には居ないんじゃないのか?」
男の1人が言った。
「そうかもな、取り敢えず戻って報告だ」