「おい、A!お前いい加減にしろよ!こっちはお前がうるさくて寝れないんだよ!」 

今日もSさんの怒号にも近い叫び声が8号室から聞こえる。

 

Sさんは68歳、認知症は殆どなく、身体的な理由で介護認定を受けて特養で生活している。

 

私の勤務している特養は4つのユニットに分かれているが、Sさんは1年前に入所されたにも関わらず、すでに全てのユニットを移動した。

 

「俺はここでは生活できないな、無理だわ。」

 

Sさんはいつも職員にそう口説いている。

この投稿を読んでいる皆さんは業界人が殆どだろうから、昔ながらの多床室の特養がどんな所か想像はつくだろう。

 

少し前に『集団生活』というタイトルで投稿をあげたが、それは居室においても同じことだ。 

 

今Sさんがいる居室は3人部屋。

80歳の男性、AさんとOさんがいる。

 

二人とも独語があり、神経質なSさんにしてみれば我慢ができないのは当然であろう。 

しかしどのユニット、どの居室にも独語や唸り声、自分なりの生活で何らかの『音』が出る利用者が居るのが、今の私の勤務している特養の現状だ。

 

Sさんは我慢ができなかった。

だからこの1年で全てのユニットを回った。

 

個室もあるが料金が多床室よりは高額で、Sさんに支払い能力はない。

当然特養以外の施設や在宅で生活できる背景ではない。

だから終の棲家である『特養』にいるのだ。 

 

「Sさんは本当にわがままだね、皆お互い様で我慢してるんだから、我慢するしかないのにね。」 

殆どの職員がこう呟く。

 

誤解のないように言うが、半分ぐらいの職員は集団生活である利用者の人権やプライバシーを、何らかの形に尊重はして、ケアに転換している。

 

でも当然限界はある。

いくら認知症介護エキスパートでも、高い相談・接遇技術を持っていても、限界はあるのだ。

 

Aさん、Oさんの独語を止めることはできない。 

 

「なぜ、Aさん、Oさんは独語があるのでしょう?『認知症だから』という理由以外で、もっと掘り下げて考えてみましょう。」

 

ケアマネの更新研修などでよくある設問だ。

よく講師がいう台詞だ。

 

現場のどれだけの職員が、どれだけのケアマネが、結果としてAさんやOさんの独語を止めることが出来るだろうか?

そして、どれだけの職員がSさんを「わがままな人ではない」と、言えることができるだろうか。

 

私はSさんの担当だから、Sさんの味方で居たいから、Sさんをわがままとは思わない。

でも、AさんやOさんの独語を止めることはできない。

 

 

Sさん、今日もゆっくり話を聴けなくてごめんなさい。