「主治医や家族がそう言ってるからね。」

 

今日も介護職員達がそんな風にぼやいていた。 

 

「いってえ、いてえいねー!」 

 

Yさんは中~重度の認知症で会話や意思疎通は非常に困難、子供が面会に来ても誰だか分からない。

10秒前のことですら覚えていない。 

 

そんなYさんがある日、車椅子に移乗すると急に強い痛みを訴えるようになった。 

 

腰や大腿部の辺りを手でさすり、表情は今にも泣きだしそうになっていた。 

どこかで転倒や転落した経緯はない。 

痛みの部位を聞いても「いってえ、いてー!寝かせてー!」というばかりで確認ができない。 

 

スタンダード車椅子では離床が困難と判断し、OTに相談をしてリクライニング車椅子を使用することにした。 

それでもYさんは痛みの訴え続けていた。 

 

元より食事は全介助だったが離床している間は常に痛みを訴え続ける。 

食事を口に入れても「痛い」という言葉と共に食べ物が口から出てしまう。 

 

看護師に状況を伝えた。 

 

ユニットの食堂からナースステーションまでは遠くなく、Yさんの声はよく響く。 

 

「ちょっと様子見たら?」 

看護師がそう答えた。 

 

不思議とYさんはベッドで横になっている時は痛みの訴えは全くない。 

オムツ交換の時に側臥位にすると少し痛みを訴える程度だ。 

 

「骨折でもしてれば腫れや熱感、熱が出ると思うし、一時的なものじゃない?」 

看護師がそう判断をした。 

受診につなげる気配すらない。 

 

2週間、Yさんは食事も殆ど取れない状態で痛みを訴え続けた。 

 

離床すると強く痛むようなので食事はベッドで提供をすることにした。 

しかしギャッジアップは20度ほどが限界、それ以上は強い痛みを訴えてしまう。 

 

嘱託医の往診が数日前にあった。 居室で診察をすることはなく、ナースステーションに連れてくるよう看護師から指示があった。 

リクライニング車椅子に乗った途端、叫ぶような声でYさんは痛みを訴えた。 

 

往診の際もずっと、医者や看護師の前でYさんは叫び続けていた。 

その声は少し離れたユニットまで聞こえていた。 

 

「様子みたらどうですか?家族は何か言ってるの?」 

 

嘱託医がそう看護師に確認したらしい、後から別の看護師に聞いた話だ。 

 

「家族は『高齢だし受診とかしないでそちらで対応して下さい』と話していました。」 

担当の看護師が医師にそう伝えた。 

 

「そしたら様子見て。」 

医師はそう言い、当然何の処置も処方薬もなかった。 

 

往診を終えると介護職員に声がかかる。 

 

「終わったからYさんを迎えに来て。」 

 

「いてえ、いってえてー!」 

眉間にしわを寄せ、声を枯らしてYさんは痛みを訴えていた。 

 

可哀想。 

 

介護職員が利用者にこういった感情を持つことについては賛否ある。 

可哀想という言葉は取り方によっては上から物を言っていることになるからだ。 

 

しかし、誰がどう見たって、これだけ痛みを訴え続けているYさんは「可哀想」だ。

 

介護保険制度における『主役』は誰だったのか。 

 

家に帰りたい 風呂に入りたくない トイレに行きたい アセスメントを掘り下げる話はここでしない。 

Yさんはただ痛いんだ。 

 

認知症が重度で何もかも分からなくなっているYさんが痛みだけは純粋に、2週間以上も訴え続けている。 

 

そんなことすらも、私たち介護職員は対応、改善してあげられないのだろうか。 

 

 

医師か、家族か、 そうか、制度の主役はあなた達か。