
おはよう御座います。
月曜日の朝から嫌なニュースが多いですね!
京都アニメーション放火事件のの被疑者が、「どうせ死刑だから」と言ってあまり、反省が見えなかったり、福岡県の田川市で起きた、1歳児を虐待、親が幼児をエアガンで打ち、検診を受けさせてなかったり、むちゃくちゃです。
なぜ、そういう事件を起こす人が出てくるのか、自分なりに考察をしてみます。
結論として、自責と他責を上手くわけることが、出来ないのではないでしょうか。
人には5つ欲求があります。アドラー博士の論文によると。生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求。
生理的欲求、生物として生きていく、欲求です。例えば、トイレに行きたい、ご飯を食べたい、寝たいなど。
安全欲求、安全、安心な暮らしをしたい欲求です。例えば、自分の部屋が欲しい、生きていく最低の食事を確保していたいなど。
社会的欲求、社会の中で必要とされたい欲求です。例えば、会社に所属する、サークルに参加する、ボランティアをするなど。
承認欲求、人に認められたい欲求。例えば、親や先生に褒められたい、SNSでいいね!をされたいなど。
自己実現欲求。なにかを成し遂げたい欲求。例えば、歴史に名を残したい、昇進したい、企業したいなど。
グラッサー博士の選択理論によると、「欲求は誰でも持っている(5つにそれぞれ強弱はある)欲求は満たせずにはいられない」と言っています。
車に例えると、後輪が欲求、前輪とハンドルが、思考と行為です。
アクセルは踏まずにはいられない、どちらにハンドルを切るかによって、良い行動にもなるし、悪い行動にもなる。
行動力が英雄にもなるし、犯罪者にもなるわけです。自責と他責を上手くわけられない。すべて自責にすると、自傷行為や自殺になる、すべて自責にすると犯罪を犯しやすくなる。
そういったことを繰り返し、自分の考え方と社会がズレていく、もしく関わりがなくなる(引きこもりなど)と犯罪を犯してしまうわけです。
まずは本日が、どこまでが、自責、どこからが他責をわける必要があります。ただ、考え方の歪みは1人で矯正するには限界があります。ご家族だと限界もあるので、社会資源を利用するのが大事だと思います。またブログで社会資源については触れていきたいと考えております。