スポーツ観戦遍歴、2020年現在 | D-DST

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日記や、沢山の好きなことへの、
独り言。

本日はVリーグファイナル、という事で。

まだまだ昨年のW杯熱冷めやらず、
昨日もエジプト戦見ながらの夕食でしたが。


パンサーズは枚方。
ジェイテクトは名古屋。

ホームタウン的にもアレなのですが、

代表チームでバレー好きになった人種にとっては、
どちらにも代表選手が所属しておられるので、
どちらも応援出来ないという。


あああああどちらも勝って欲しい…!



嘗てスポーツ観戦といえば、
私にとってはフィギアスケートでした。


80年代半ば~90年代にかけて、
丁度、小学生から二十代初めくらいの期間。

少なくとも世界選手権とNHK杯は毎年必ず観ていました。


ピアノを習わせて頂きクラシック音楽畑で育ちましたが、

クラシックに拘わらず使用される楽曲にも興味津々、
バレエ観劇も好きでしたので、
テーマ、楽曲に合わせた衣裳、振付。

とにかく大会開催中は夢中でした。

何年か前にココにも書きましたが、
マリア・ブティルスカヤ選手のプレゼンテーション、
アレクセイ・ヤグディン選手のサーキュラーステップス、
私の中のピークでした。


フィギア熱が冷めたきっかけだったのは、
あの「ソルトレイクシティ事件」です。


正直、それまでも不可解な判定なんていくらでもありました。


しかし、
少なからず芸事に携わっていると、

今で言う(近年流行りの)「忖度」というのは所々に存在していて、

そういう「オトナの事情」という、何とも形容し難い闇というものは、
コドモゴコロにも何となく感じてしまうもので、

「芸事には『オトナの事情』ありき」
とまで、うっすら認識してしまうようになっていたので、


「まあ、そういう世界なんだな、
納得し難いけれど。」

というモヤモヤを抱えつつ観ていたのでした。


高さ、速さ、得点など、
誰が見ても明確に数値化されるものではなく、

「『他人が評価する』、
それも
『技術』『表現力』(←当時)を」

という時点でそもそも「スポーツ枠」でいいのだろうかという疑惑も、
コドモゴコロなりにずっと感じていました。



で、

ソルトレイク五輪以降、採点方法が大幅に変更されてゆく訳ですが、

その過渡期の不安定でギクシャクした空気が気持ち悪かった事と、

「ただのジャンプ大会」みたいになってしまった(そういう意味では、より「スポーツ」らしくなったのでしょうけれど)のが、

個人的には何だかつまらなくなってしまい。


上記したように、選手それぞれを、
「競技」というより「演技」として観ていた割合が大きかったのだと思います。


決して今の採点方法(元々、各選手の採点結果は殆ど気にしていなかった、演技が観られるのが何より楽しかったので)、フィギアスケートのあり方を否定しているわけではありませんが
単に、私が個人的に好きな形態ではない、というだけです。


あの事件によって、

「判定ミスだなんて、何を今更」という白けた気持ちと、
それによって、「芸術作品」としても捉えられ楽しんでいた部分が削がれてしまった喪失感が残ってしまい、

今に至る訳です。



そういえば以前、たまたまフィギアを垣間見ることがありましたが、
競技後にぬいぐるみが大量投入される光景に唖然としました。
いつからこんな騒動になったのだ?

やっぱり、もうフィギア熱再発はないだろうな(棒読)。


学生時代は、フィギアと並行し、バレエもよく観劇しており、

ある観劇日、友人と待ち合わせをしていたところ、ナンパに遭いました。


「なにしてんの~?」

「待ち合わせです。」

「どこ行くの~?」

「バレエを観に行くんですけど。」

「バレエ!俺もね、中学高校とバレエやってたんだよー!」


……は?

どう見てもバレエやっていた体型、姿勢には見えない。

というところで友人が来たので終了。


後々考える。

あの人、恐らく「バレエ」でなくて、「バレーボール」の事だったのではないかな?
口頭だと、間違えやすいかもね、確かに。

(それにしてもあの服装(←フルオーケストラ演奏の海外バレエ団公演だったので、それなりのドレスコードは踏襲している)でバレーボール観戦と思われたのも滑稽ですが。)


以来、

バレエは「ダンスのバレエ」、
バレーは「バレーボール」と、
言うようにしています。


…今なら猛烈に観に行きたいですけどね、
バレー(笑)!


https://youtu.be/SS1r5BKrLsA

https://youtu.be/K6zeIUH3rHg


https://youtu.be/KqqDa6oB8L0

https://youtu.be/wtnQNN4otAU