DDITの映画感想ブログ -19ページ目

DDITの映画感想ブログ

今回ブログを始めるDDITです。
このブログは映画の感想をいいます。

今回もテレビ視聴で見たこの作品です。




あらすじは公式サイトをご覧ください。

さて、只今、絶賛上映中のバージョンではなくて、2007年に上映された1つ前の劇場版です。この映画の感想を言う前に私事なんですが、10年程前に別でブログやってたんですが、その時にSMAPの事を軽く批判したら、コメント欄が炎上したことがあります。だから、この作品を扱うのは抵抗があったんですが、感想をいいます。

このHEROに関しては、一番最初のテレビドラマは見ました。はっきり言って内容は覚えてません。その程度の熱意です。では、感想を

まず、最初に思ったのが、検察はこんなにダルい調査しかしないのか?現場に行くのは別にいいけど、容疑者の車が何かに擦ったから擦った証拠を探すのに、わざわざスクラップ工場に行く、もし、業者が車を韓国に売ってなかったら一台ずつ探したのか、もししらみ潰しに探すのなら、なんと能率が悪いことだろうか

この映画の捜査方法は基本能率が悪くて、韓国で車を探すんやけど、最初に一番怪しいやつを訪れてるのに、結局、韓国の一般市民みんなに聞きこみをする。結果一番最初に会ったヤツに松たか子が拐われかけて解決。

後、殺害現場の近くに火事があったとさ、で、犯人が火事を見てるんじゃねぇかと思った。火事の現場は野次馬を写真に撮るんだッてさ、で、そこに写ってるかもしれんと思い、その写真を徹夜で見たが見つからんかった。そこまではまぁいい。その後なんと写真に写ってる人の写メに写ってるかもしれんと思って、なんと写メに写ってる人全員の写メを確認するんだってさ。結局、拘留されている放火魔の写メに写ってたんだって、暇な検事どもめ。

香川照之のエリート検察官が俺達がこの事件をやるって言うてたけど、その方が早く解決するな。

後、最後の運輸大臣やったかな、そいつの裁判なんやけど、その大臣がグラサンかけてるんだよね。グラサンかけて裁判なんかするかよ。キャストミスや。大物感出すんやったら他にいるやろ。

この裁判シーンもグラサンに対してキムタクが尋問してる時、対戦相手の弁護士松本幸四郎が何にも言わないんでやんの。こういうのって逆転裁判みたいにがっぷり四つ、いやむしろ弁護士に散々攻められたあげく、何かしらのきっかけでキムタク勝つ方がカタルシスがあると思うんやけど、、、、

後、なんか知らんけど通販で買ったものがスペイン語でないとあかんから、スペイン語を勉強してる。最後のシーンにつながるんやけど、スペイン語である必要があるか、これ?韓国語でもいけるやろ。最初のシーン全部削ったらもっと短くなった。

で、俺がこの映画で一番気にいらないのが、一見、事件に優劣をつけてるなと言ってるんやけど、大臣の汚職事件なんかより一市民の殺害事件の方が大事みたいな事を言うんやけど、いやいや両方大事やし。香川照之側とキムタク側でタッグを組んで両方解決させろや。こういうのって結局事件に優劣つけてるんだよね。

まぁ、とにかくこんな検事達に事件まかせるのは不安でしかたないなと感じた。新作見に行こうか考えるな。

HERO・・・・・・・・15点
映画はけっこう良いペースで見てますが、感想が追い付きません。(-_-;)

今回はテレビで見たこの映画。




あらすじはYahoo映画をご覧ください。

超人気シリーズのトイ・ストーリー、実はこのシリーズ見た事がありません。「あなた、本当に映画が好きなのか?」って言われても仕方ないですね。まぁ、タイミングの問題です。ピクサーと言えば、このブログでは、WALL・E以来ですね。

感想を見ていただければわかると思いますが、WALL・Eはべた褒めしました。今回はどうでしょうか?では、感想を

最初はウッディたちが保安官で、悪役のポテトヘッドと戦う話なのか、、、、と思いきや、実はアンディがオモチャで遊んでる想像の世界やった。もし、このまま続いたらどうしようと思ってた。トイ・ストーリーは常にこんな始まりかたなんかな?

アンディはもう遊ばなくなったオモチャはなかなか捨てれない子なんだろうずっと置いてた。俺はなんて偉い子なんやろうと思った。俺が買ったオモチャたち、例えば、キン消し、ガンプラ、ミニ四駆等などはいともあっさり捨ててしまった。俺が冷たいのか、普通はオモチャは捨ててしまうのかはわからないが、、。

あと、アニメ表現についてなんやけど、保育園での年少の子達が、乱暴にオモチャを扱うさまの表現はよかった。

オモチャ達にとっての死というのは、スクラップにされる事であり、今回の映画ではあきらかにそれを覚悟したシーンがあった。

で、最後は、アンディはウッディたちをオモチャ好きの女の子に上げるとき、つまりアンディとウッディ達との別れやね。その時、最後に遊んだシーンはグッときた。

人と人はどうあれ、いつかは別れがくるのは間違いない。だからこそ、仲が良い人とは仲良くしたいと思った。

ただ、悪役たち、特に、熊のぬいぐるみの最後が適当やったと思う。結局、だれかのオモチャになった。ウッディ達はスクラップになりかけたのに、なんやかんやで運転手のオモチャになった。運転手はええやつかもしれんので、ラッキーかもしれない。こう思うともっときつい罰的な事がいったんじゃないかと思う。

しかし、それ以外は問題なかったと思うすばらしい作品やったな。

トイ・ストーリー3・・・・・85点
今回は映画館で見たこの映画





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以前、感想を言った第9地区の監督の最新作です。やっと映画館で見れました。第9地区は結構高く点数を着けました。今回の作品はどうでしょうか、では感想を。なお、もはや上映はほぼ終わりかけてるので、大きな改行はとくにしません。

まずは、この監督の手法なんでしょう、導入部はニュースとかドキュメント番組風に設定をさらっと説明する。わかりやすくてこの手腕は見事。今後もスタイルとして、確立してほしい。

話は、元々は警官ロボやったけど、警官ロボにAIを組み込まれたチャッピーである。で、ギャングのカップルに育てらる。その2人の事を両親やと思い、チャッピーを作った科学者は創造主と思う。

この映画は、赤ちゃんから青年になるまでの話ですな。いわば、子育ての話になってる。で、チャッピーはギャングに育てられたため、ギャングっぽくなってる。チャッピーは父親からはギャングとしての心構えを母親からは愛情を注がれて育った。

でも、チャッピーを作った科学者の教えは守っている。その感じはまるで神の教えみたいになってる。チャッピーは西洋の子供が育つのはこんな感じなんだろう。

チャッピーは成長していく。チャッピーにAIが組み込まれているのを知らない市民達は、チャッピーはただの警官ロボである。そのため、警官ロボにやられているギャングには憎悪の対象である。

兵器は人間が動かすべきという敵役の科学者はチャッピーを停止させようとする。

チャッピーが強盗しているのをニュースで放送されてから、ムースという兵器を敵役の科学者が使う。人間が兵器を使うことの方が、かえって残酷な気がした。ここのアクションシーンは流石第9地区の監督であるな。もっとアクションシーンが向上してる気がする。

ムースを倒した後、意志をロボットに転送する。これは、ロボットからロボットに意志を転送するだけではなく、なんと、人間の意志をからロボに転送をした。この映画で気になったのが、その行為について、是非等は全く触れられてない。なんとなく次回作が、、、、。

というわけでチャッピー色々な事が詰めこまれた映画。最後のテンシヨンは笑うシーンじゃないけど、日本人やったら笑うよね。

チャッピー・・・・・・・・・95点
今回は3月くらいに地上波放送があったこの作品をやっと見ることができました。この作品です。





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さて、このブログでは初めてジブリ作品を取り扱います。自分は実はそこまでジブリに対して思いいれはありません。ラピュタとかは見てましたが、もののけ姫あたりからは、少しさめた感じで見ています。特に宮崎駿監督の作品はなんとなく自分とは合わない気がしています。その辺については機会があればいつか感想を言いますが、今日はかぐや姫の物語です。元ネタはいわずもがな日本最古の物語である竹取物語です。日本人で知らない人はいないと思われるが、正直あらすじ程度しかわからない。当然、ただ単に竹取物語をリメイクするわけがないはずです。では、感想を。
なお、かなりのボリュームになりましたが、ご了承ください。

まずは、この話の核となる部分である何故かぐや姫は月から地球に来ることになったか、それは、穢れが全く無い月の世界にいるのに、穢れがある地球に憧れてしまったかぐや姫に対して、穢れいわゆる正・負の感情が溢れまくってる地球に落とされる。そして、姫が心の底から地球の暮らしを嫌がる事である。

今回のかぐや姫の物語で描かれている月の世界というのは、まぁ明らかに死後の世界いわゆる天国ですな。なんてったって、最後に月からのお迎えのリーダーみたいなのは、仏像ですからね。で、地球は言わずもがな現世である。おそらく、かぐや姫に地球におりてから体験する事は、月側がすべてお膳立てしたものである。これらの事を踏まえて、この映画について見てみる。

竹から生まれて山での生活が描かれてる前半部分、つまり、かぐや姫の子供期は無邪気で楽しく過ごしている。近所の子供たちと遊んでいるうちに、捨丸というガキ大将的な子が出てくる。かぐや姫はほのかに捨丸に憧れ的な物を抱く。それと同時に、翁いわゆるおじいさんは竹から砂金や衣装等を見つけた事により、かぐや姫を貴族にしようとした。そして、かぐや姫は大好きな山から貴族がする都に行くことになった。かぐや姫にとっては、この時期の山での生活が、後の都での生活に重大な齟齬を生むことになる。

都での生活に決定的な楽しかった幼女期はこのように終わっていった。この時期は人生ってすばらしいよねって時期で、この楽しい時期を経験した事が後の絶望を深める。

都でのかぐや姫は、少女から大人になっていく時期である。平安時代の話なので、この次期の女性は高貴な貴族と結婚するのが幸せって時代だろう。だから、かぐや姫は高貴な貴族の妃となるのに相応しい女性になるための教育を受ける。かぐや姫は生まれながらの貴族ではないので、貴族の風習は変であると感じている。この、かぐや姫の感じかたはどちらかというと、今の女性の感覚に近い気がする。で、かぐや姫が正式にかぐや姫という名前を付けてもらった記念の宴をするのだが、その場で、かぐや姫は貴族の心ない発言を聴いて、嫌になって山に向かって走る。そこで、かぐや姫は捨丸達がいなくなった事が知る。かぐや姫は、帰る場所が無くなったこと、もう、子供時代に戻れないと悟った。

大概の人生もそうやとは思うが、大人になっていく事で、一見世界が広がっていきそうに見えて、実は己を知る事で、一個ずつ可能性を消していくことなのかもしれない。

かぐや姫の話はその後、かぐや姫の評判を聞き付けた5人の貴族から、その貴族にとってのかぐや姫は、こんなに大事な宝物であるとたとえて求婚される。山で人間同士の心の交流を経験したかぐや姫にとっては、心無きものに感じたであろう。それで、その宝物をとって来れた人と結婚すると言う。かぐや姫は5人は諦めたであろうと思ったが、全く諦めてなかった。2人は宝の偽物をもってきたり、宝を取ることん諦めたり、口先で誤魔化そうとした。しかし、1人は本当に宝を取ろうとし、最悪の結果になってしまう。かぐや姫は、口先だけの貴族たちを適当に追い払おうと軽はずみな事を言った。そんな軽はずみな事を言ったかぐや姫のせいで、人が死んだ事で、かぐや姫は心を閉じていこうとした。

そのうち、帝に見初められたかぐや姫は、帝に夜這いをされかけたことを、心の底から拒否する。地球の女性にとっての一番幸せは帝と結婚することである。しかし、かぐや姫には、それすら不幸なのだろう。かぐや姫は心の底からの絶望を感じた。それは月に帰る事、つまり今回では死後の世界に帰ることである。

都に来てから帝に求婚されるまでは、自分の力ではどうすることも出来なかった。本当になりたかったことはこうじゃない。生きるということに絶望を感じたであろう。それがここまでのシーンだな。

で、かぐや姫は自分は月の人間で地球に来た目的を思い出す。地球にいたことの記憶がなくなる事も思い出す。そして、月にかえること、つまり死ぬことが間近になった。そんな状況で、地球での生活は良いことなんかほとんどなく、絶望する事のほうが多く、こんなはずじゃなかった。それでも、やっぱり生きる事のほうが良いと思った。だけど、もし、ずっと山ですごすことが可能ならば、、、、。それがあの捨丸との空中ランデブーに繋がる。捨丸は捨丸であのままかぐや姫と行動をとってたら、、、、。そんな2人の場面なんで、この映画で唯一と言っていいあがるシーンですね。

結局、最終的には月に帰るんやけど、音楽が逆にあかるくてサイケな音楽やった。はっきりと別の世界ってわかりやすいですね。こんな音楽を奏でる連中がこっちの都合なんて、びた一文かんがえませんな。最終的には元ネタどおり、月に帰るんやけど、、、。最後かぐや姫が月の近くから地球を見て涙して終了でしたね。かつてかぐや姫が見た天女のように、、、、。

確かに、生きることは憎しみ、妬み等負の感情にあふれてる世界ではある。しかし、死後の世界には、喜び、愛というのはやはりないのだ。だから地球にいるわれわれは全力をもっていきなあかん。こんなはずじゃなかったって思いながら、、、、、、、、。っていうのがこの作品をみての感想や、厳しい話や、政論すぎて聞きたくない事や。

あんまり好きではないジブリから、これほどの傑作にお目にかかる事ができるとは思わんかった。この作品に変な点数なんてつけることなんかできない。だからまたこの点数をつけます。

かぐや姫の物語・・・・・・・・100点
映画はけっこう見てるけど、なかなか感想を文章化する時間が、、、
泣き言はこれくらいで今回レンタルしたこの作品





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さて、アベンジャーズですが、マーベルコミックのヒーロー達が一同にかいした。いわば、お祭りみたいな映画です。ここに出てくるヒーロー達の映画は名前は知ってるけど、どれも見たことがないです。今度、新しいアベンジャーズやるんで、今回は旧作はチェックしようと思い見ました。では感想を

まず、個性的なキャラクター達がチームを組むのはゴージャスさがあってよろしい感じ、まさに映画って所は良いところだった。

それぞれのキャラクターを演じている人もハマってなさげに見えるが、実はけっこうはまってたと思う。特にアイアンマンなんかもっと、見るからにマッチョな人がやりそうなんだが、ロバート・ダウニー・Jrは凄くはまっていた。

アクションシーンもすばらしかった。特にケチをつける事もなかったし、最後の核ミサイルを異次元に持っていき、その後脱出までの流れは手に汗を握った。

しかし、今回の敵は正直ショボかった。地球を一番危機に陥れかけたのは、核ミサイルだった。最大の的は身内という展開でも良いが、それならなおのこと敵が強くて、追い詰められてる感があったほうがよかったかな、、、。一応のラスボスである、ロキもソウ1人で充分じゃね。

あと、途中のみんなで口論をするところも、もう少し短くてもよかった。

今回は全員集まるのが、主目的でも、もう少し敵方にも魅力があればと思うが、全員集合感を楽しめたのは確かだ。次回作は期待しても良さそう。

アベンジャーズ・・・・・・・60点
今回はレンタルでみたこの作品





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自分よくよく考えたらピクサー映画って始めて見るの始めてですね。トイ・ストーリーすら見たことないです。初ピクサーなので、ピクサーの技術力等に対して、とんちんかんな事を言うかも知れませんが、ご了承ください。

この映画を見て思ったことは、まず、アニメーションがスゲーっ、ロボット達やゴミの質感がスゲーって思った。この作品は2008年らしいけど、今のアニメーションってこんなに凄いんやって単純に思った。しかし、700年前の人間はアニメーションじゃなかった。そして、宇宙に行った人間は、デブやけど記号的で、薄っぺらさ感じた。これだけ技術力があるアニメーション作成集団が、わざと人間をショボく描いてるよね。

なぜか、それはこの作品のテーマにかかわるから。ではテーマとは、科学とか文明でもなんでもよいが、物を作りすぎるとこの地球みたいになるよって事とボタン一個でなんでも楽に出来ると人間は馬鹿&デブになる。一見そんな現実でここまで、と思うやろうが、SNSやインターネットでなんでも出来るこの社会、けっこうこの状況は近づいてる気もするから怖くかんじた。

この作品は本来無機質なロボット達によって、逆に人間本来の心的なのを教えられて、恋とかを思い出していく。しかし、WALLE・E達がこういうのに憧れのきっかけは、人間が作ったハロー・ドーリーなんだよね。

あと、ロボット達はそんなに大きなリアクションをしてるわけではないんやけど、なんか妙に愛嬌がある作りはさすが。

で、最後のエンディングは文明の歴史を見て、その後、WALLE・Eとかイヴのやりとりを見る。で最後にBuy N Large、、、。皮肉やねぇ。すばらしい終わり。

感想としては、大きな欠点もなく、社会風刺をしつつ、冒険、感動が詰まった良い映画やった。

WALL・E・・・・・・・・・・95点
今回は地上波で見たこの作品





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前作も地上波で見ました。前作の感想も機会があれば言うつもりですが、印象は傑作ってほどではないが、特に嫌いな作品でもないです。それくらいのテンションですが感想言います。

まず、最初の40から50分くらい見てて、真っ先に思ったことは、前作とほぼ内容変わらねぇ。もしかして、後半はローマが舞台になるのかなと思ったら、思ったとおりやった。ほんまに、少しはパターンかえてみたり、スカしたりせえや。

人気作の2作目と言えば、スターウォーズとかバックトゥザフューチャーは同じ話を続けなかった。

日本映画の2作目の特徴かな、見てないんでわからないけど男はつらいよとか釣りバカ日誌の2作目もこんな感じかな?

では、日本の2作目映画は前作の内容をほぼ踏襲するもんやとあえてみなして語ります。前作よりもコメディタッチの度がすぎているためか、くだらなさのみが前面に出る結果になりシラケた気分で見てた。残念ながらこの程度のボケでは笑えないですわ、自分。

それと、上戸彩役演ずる真実の実家である経営がヤバかった旅館が変わってる。草津温泉になってた。長年やってた旅館やったら辞めるのは決行苦渋の決断やのに、そんなにあっさりと別の温泉でにかえる程度のものなのか、まぁロケ地が草津温泉になったから、なんて邪推はやめよう。

で、前回より唯一進んだのはルシウスと真実の恋仲ですな。前回は真実の方が一方的に好意がある感じやけど、今回はとうとうルシウスも真実に気持ちが向いた所くらいですな。でもなんとなく関係は中途半端に思うねん。次回作で恋仲が進むのかな?

しかし、次回作といっても温泉街すら古代ローマにできてしまったのに、次はどんな風呂を完成させるために、ルシウスはタイムスリップするんかな。スーパー銭湯?

後すごい気になるのが、この作品は現代の日本の文明を古代ローマはとりいれる。しかし、現代日本は古代ローマに影響されてるものが一個もない。例えば、現代日本人が文明が発達しすぎたため、忘れている大事な事を、ローマのタイムスリップで思い出させるってのもあった方が良いををじゃないか。傲慢さを感じるだけなんやけどね。

今回は感想こんな感じで終了します。いつもと比べてすくないでしょ、見終わった後の熱量がぬるま湯につかってる感じなんですよ今回の映画は、、、

テルマエロマエⅡ・・・・25点
今回もCSで見たこの作品





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今回取り上げるこの作品の題材はプロレスです。以前にも軽く言いましたが、自分はプロレスヲタです。80年の中頃から新日本プロレスを見てて、90年代の新日本プロレスに熱狂し、2000年代中頃までは熱く見ていた。新日本プロレスだけではなく、他の団体も当然チェックはしていました。その後、2000年代後半くらいプロレス熱は一時期覚めかけたけど、また5年くらい前からプロレス熱が入ってる状態です。そういうこともありプロレスに対する思い入れは半端ないです。

だから、プロレスに対して舐めてる扱いをした作品ならば激怒します。逆に、プロレスに対してリスペクトがある作品ならば賞賛すること間違いないです。なので、今回は主観がかなり入ります。長くて熱量はかなりこもっていると思いますが、ご了承ください。

では感想を

この監督がプロレス好きかどうかはわからないけど、プロレスの描きかたは素晴らしい。

かつて、自分が見たプロレスそのものを題材にした映画は、レスリングウィズシャドウズ、ビヨンドザマット及びイカレスラーの三作品である。イカレスラーはどうでもいいが、レスリングウィズシャドウズシャドウズとビヨンドザマットは、アメリカのプロレス団体WWE(公開当時はWWFやったかな)のドキュメント映画で、プロレスの裏側がわかる作品である。プロレスは結論決まってても、激しいショーやというのをこの二つの映画は描いている。(レスリングウィズシャドウズはそれ以外の要素もある。これら映画は機会があれば感想を言います。)

さて、今回のこの作品はこれら映画の影響もあってか、前半はランディの人生を描きつつ、プロレスの裏側を丁寧に描いてる。ディティールも細かく、例えば、試合をああしよう、こうしようという話し合いもある。あと、流血の演出用の額を切るためのカッターがあるんやが、それの隠し場所及び使い方もリアルである。

あと、スターレスラー及び脇役レスラー関係なく全員でプロレスの舞台を作ってるため、皆リスペクトしあってる事を表現してるのも良い。

今回の主役ランディは、80年代はマディソンスクエアガーデンで活躍していた。ベビーでスターレスラーやったが、20年たって、サイン会で閑古鳥がなく程小さい団体のエースをやってる。しかも、かつてのスターがデスマッチも厭わないプロレスをやっているのだ。現実のプロレス界もこんな感じの人はけっこういる。例えば、あきらかにランディのモデルと言える、ジェイク・ロバーツである。それ以外も日本のインディーに出てたテリー・ファンク。日本人では大仁田厚、女子やけど長与千種あたりかな。

この時代のプロレスラーなんで、大量のステロイド及び鎮静剤の影響で、心臓発作を起こす。日常生活は問題ないが、もうプロレスをやると死んでしまうよと言われる。たしか、ストーンコールド・スティーブ・オースチンは次プロレスをやったら、二度と歩けないといわれ、プロレスを辞めた。おなじように、ランディも一回引退を決意する。

引退を決意した時に、ランディはプロレス以外何もないことに気づき、自分は誰からも必要とされてない事に気付く。家はけして恵まれてないし、プロレスだけで食うのは無理やから、スーパーでバイトしている。ストリップに通ってて、そこの中年ストリッパーキャシディに恋してて、相談相手もこの人しかいない。娘はいるが、家庭を省みなかったんやろうから、娘に相手されていない。つまり、プロレス以外は基本ダメな人なんやろう。実際のプロレスラーでも、借金を背負った安田忠夫や阿修羅原というレスラーがいた。

引退後ランディも普通の生活をしようとして、スーパーで定職に付こうとしたり、娘と仲直りしようとしたり、キャシディと付き合おうとしたり、普通の人と同様の暮らしをしようとした。娘とレストランで食事をする約束まで取り付け、幸せをつかもうとする。

だが、さすが映画ですね、このままでは終わっては面白くない。まずは、キャシディには結局振られる。これが転落のきっかけで、前述した娘との約束もかなりクズな理由ですっぽかしてしまい。仕事も辞めてしまう。で、スポットライトが忘れられずに、死ぬかもとわかってても、プロレスの舞台に戻っていった。そこで、ランディは自分を必要としている仲間がいてファンが要ることに気付かされ、ランディが輝ける場所に戻っていって、、、、。

こういう話ってけっこうありますよね。不器用なんで日常生活には全然むいてない負け犬だが、ある特定の場所は強烈な輝きを放つ、梶原一騎的な作品。だけどレスラーが良いのは、現実を重ねあわせることができるからである。

プロレスは、負け犬が圧倒的勝者に反発してもりあがっていった歴史がある。例えば、先勝国欧米人にたちむかっていったアジア人力道山。日本人レスラーとして圧倒的存在やったジャイアント馬場に対抗したアントニオ猪木。藤波辰爾にお前と何がちがうといわゆる噛ませ犬発言をした長州力。膝をこわしたことによりメジャー団体から捨てられ、五万円で新団体を作り独自のプロレスを構築し、80年代以降に活躍したレスラーで誰よりも有名人になり、国会議員にまでなった大仁田厚。団体から不遇な扱いを受けた事により自らヒールになった蝶野正洋。新日本プロレスで見捨てられかけたが、自分の個性を磨きあげ、ファンの人気を掴みトップになり今やタレント活動までしている真壁刀義。あげるときりがないからこのへんにしておくが、とにかく負け犬がプロレスを盛り上げるのだ、リアルがえがかれている。

実はさっきから嫌みなくらいプロレスラーをあげているのは、この映画を見てて、自分を楽しませてくれたプロレスラー達には様々な背景があることにあらかじめ気付かされた。

主役のランディをやってるミッキーロークも実は80年代はスターやけど、90年代に色々あって全然あかんようになった俳優やったらしい。映画会社はランディ役をニコラス・ケイジにオファーしろといったらしいが、監督はミッキーロークでないとあかんと言ったらしい。ニコラス・ケイジは良い俳優やが、負け犬感のリアリティはミッキーロークの方が圧倒的にでる。例えば、ロックを例えに、80年代は良かった的な事をいう。ガンズアンドローゼス、モトリー・クルー及びデフ・レパードは良かったけどニルヴァーナはあかん的な事をいう。このセリフ自体には少し言いたいことはあるが、昔は良かったの重みがある。(ついでに、自分はロックもすきです。)

さらに、それだけではなく自分の人生のニート期間まで思い出した。今はそれなりに幸せだが、全く順調な人生ではなかったなぁとまで思った。

感想はこれくらいにします。素直にこの映画に会えて良かったと思う。尊敬してやまない、すべてのプロレスラー達に敬意を込め、感想20回目にして初めてこの点数をつけます。

レスラー・・・・・・100点
今回はレンタルで借りたこの作品





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私は貝になりたいは、今回のを含め4バージョンあります。一番最初は日本ドラマ黎明期に作られた歴史的名作と誉れ高い作品です。主演はフランキー堺だったので、ここではフランキー堺版とします。このドラマを映画化したバージョンもあります。

1994年に所ジョージを主役でリメイクしたバージョンがあります。ここでは、所ジョージ版とします。

今回の映画は中居版とします。

フランキー堺版のドラマと所ジョージ版のドラマはたまたまCATVでやっているのを見ました。フランキー堺の映画版は見てません。今回の感想はフランキー堺版及び所ジョージ版の2つのドラマと比較しつつ中居版の感想をいいます。


シーンごとに分けた方が比較しやすいから、この作品の話の流れを大まかに下の5つに分ける。
①徴用前
②軍隊生活、空襲及び捕虜刺殺
③戦後の逮捕から軍事裁判
④獄中生活
⑤処刑宣告から、そして・・・

シーン分けができたから、中居版の感想前に、フランキー堺版と所ジョージ版をどう思ってるか簡単に言う。

まず、フランキー堺版はフランキー堺の見た目及びたたずまいが、一番我々の目線に近い人やと感じることができた。そんな感じの人やから、ほぼ言いがかりで処刑される不条理さが際立った。だから評価されてると思う。ただ、フランキー堺の演技はどうしても喜劇っぽくなる。①②④のシーンは良いんやけど、③⑤のシーンで処刑という現実をアメリカに突きつけられる時、悲惨さが伝わらなかった。特に気になるのが、⑤の場面で24時間後に処刑すると言われた時のリアクション及び教誨師との最後の晩餐でのやり取りがあるんやが、そこがなんか愚痴ってるようにしか見えないのよね。(-_-;)バシッと決めなあかん所が決まらんかった。チャップリンのようにならなかったのが残念。

次の所ジョージ版は、凄く抑えられた演技なんで淡々と流れる。全てのシーンが淡々と流れるんで必死さが全然伝わらない。処刑を突きつけられても、この人そこまで思ってないんじゃないかと思う。他にもあかん所はたくさんあり、はっきり言って一番ダメやと思う。

長い前置きでしたが、やっと中居版の話になる。今回の映画版での最大の改変ポイントと思っているのが、主人公である清水豊松の足が不自由なことである。足が不自由なわりに訓練でけっこう動けてるがなとか、そもそも、こんなに足が不自由な人間を軍隊に徴用しねぇだろ思う。たしかに、リアリティは無くなったかなと思うが、中居くんという人にはどんくさいイメージはなく、それなりに何事もこなしそうなんやが、この設定のおかげで、中居くんも、こなせないのに説得力できた。それ以上に、この設定のおかげで、この作品がとても良い作品になった。どう良いかはおいおい話す。

まず、今回の作品は映画としてスケール感がましている。その分大袈裟な作品になっている。それが良くでてる所と悪くでてる所がある。悪くでてるのは、例えば①のシーン、(主役にとっては)一番平穏な時なんやが、楽しみすぎなんよね。それと、④のシーンは獄中生活、つまり、処刑を免れるため藻搔く場面やけど、この辺は、喜の感情をもう少し抑えた方が良いかな。良いシーンもおいおい話していく。

今回のは②のシーンで改変があり、米軍による空襲の描写が防空壕に退避するシーのではなく、実際に空襲とその後を描写した。その次のシーン「適切に処置せよ」が効いてる。まぁ、フランキー堺版で、これがいれれないのは仕方ない。所ジョージ版の時代でも、CGとかショボいやろうから。技術の発展やね。

軍隊では牛や馬のように殴られると言ってたのだが、日常的に暴力があった事を表現すれば良いのにと、フランキー堺版と所ジョージ版を見て思ってたんやが、今回はそれを入れてきたのは良いと思う。

後、巣鴨プリズンと戦後の池袋を見せたのも、イメージがわくから良い効果やと思う。

大西役が今回草彅くんになってて、SMAP同士で楽しんでるやんって感じるが、草彅の方がギバちゃんよりは大西としては正しいイメージな気がする。

それと、豊松を死刑囚にした一番の要因である矢野中将というキャラがいる。今までの中では一番軍人として威厳のある人になってる。今まで矢野中将の最後は話の中で流されたが、今回は処刑のシーンをちゃんと描写した。その中で、矢野中将はアメリカ人たちに、空襲の非人道性及び軍事裁判の誤り主張して処刑される。空襲のシーンがいきてて矢野中将の主張に重みはある。主張事態は正しいと思う。これを前に出した事で、逆に警察予備隊ができることに関する矢野中将と豊松のやり取りが無くなってる。米軍の非人道性を足すのはかまわないが、警察予備隊のやり取りは大事やったと思うんやが、、、。

後、豊松の嫁問題がある。これは一番よかったのはフランキー堺版やと思う。田中美佐子や仲間由紀恵を嫁さんにしといて、つまらん人生やったみたいな事を言うなよって思う。

それと、フランキー堺版は豊松以外の他者があんまりクローズアップされない。フランキー堺にスポットあたる感じやった。所ジョージ版は中途半端に他者と絡めたけど、正直中途半端かな。中居版はわりかし家族愛が強調されてたが、それは良かった。最後の追い詰めの要因になってる。

この作品の胆はなんといっても⑤のシーンで、この作品の②から④までは豊松を追い込んで、貝になりたいと思うくらい強烈な人間否定することを描写するのが⑤であるが、一番表現できてるのは中居版やね。はっきり言って圧勝やね。心が壊された人間ってこうなんやと思う。足が不自由でも頑張って生きてたのを、軍隊及び軍事裁判によって潰されていく様なんてハードやな。

最後の首吊り直前に、家族写真を開こうとした時に、一瞬顔がほころびかけた瞬間に、布を描ける描写なんか鬼やねぇ。

感想はこんな感じ、三つのバージョンで一番よかったのは、個人的には中居版やな。⑤の圧倒的迫力だけで大勝利やと思った。

私は貝になりたい・・・・・・・70点
今回もCSで見たこの作品





あらすじはall cinemaをご覧ください。

この作品は前置きがあるとすれば、今度、チャッピーという映画を見に行こうと思ってて、その監督の作品なんで見ました。さて、感想を言います。

今回の映画はエイリアンがUFOが動かんようになり、難民みたいな形でヨハネスブルク(南アフリカ)に住み着くようになったけど隔離れている。エイリアンはなかなかダメでどうしようもない奴が多く。どうしてもエイリアン側に感情移入できなかった。しかし、途中でエイリアンの中でも、特に人格者(?)のクリストファー目線で映画の話がすすんだ時に、はじめてエイリアンの側にも感情移入できるようになった。この時点でよくよく考えたら、エイリアンは差別されてたんやな、監督がたまたま南ア出身やからかもしれんけど、この状況はアパルトヘイトを思わざるを得ないんだよね。

感想の順序は逆になってしまったが、導入部は、宇宙船の到着から第9地区のエイリアンを第10地区に異動させる計画ができるまでをドキュメンタリー形式に描かれていく。この導入部を見てる間にまさかと思うことがある。それは、

こいつが主役かぇッΣヽ(゚∀゚;)

て思うことだろう。これが実はこの映画の最初かつ最大の驚きポイントにちがいない。この主役のヴィカスを見た時は、こいつには特別な力とか無さそうやなと思うやろう、予想どおり実際になんの能力もない。いや、むしろダメな奴であり、係長くらいの小役人である。さらに、けっこう酷いヤツで、エイリアンの卵を燃やしたり、差別する側に加担する。なにげに、偉いさんの娘と結婚したりしてて出世欲はある。これは、後で言いますが、自己中なんで、なかなか最低な人間である。

話はエイリアンの燃料みたいなのをヴィカスがかぶってから、エイリアンにだんだをなっていくと共に、少しずつやけど着実に主役らしく成長していく。最初は実験台になって、そこから脱走して、第9地区に入るという流れも、主役感があるんですが、さらに人間を越えた力を得るんやね。最後の最後にメンタルが成長していく、ここまで最初のダメな奴が主役になるのもなかなかない気がする。

ただ、気になる点もあり、あきらかにエイリアンの兵器の方が強いのに、なぜ人間に虐げられたのか、逆じゃないか?自分の強さがわからないエイリアンはアホなのか?(クリストファーと息子以外)ただ、これくらいの科学力があるやつらがアホなわけないわな。(-_-;)

それから、科学力あるから宇宙船まで、飛べるのを作れるやろ。

エイリアンの科学についての説明が特になかった気がする。それは、次回作かな。

こんな、気になる点も、アクションシーンは凄くよかったため、どうでもよくなるんよね。エイリアンの兵器の破壊力はすさまじく、それに立ち向かう人間側は実際にありそうな兵器で武装して、数で勝負って感じやった。それがなんか良いんよね、現実の兵器でここまでやれる感が見れるのが、グッドやな。

まぁ、言いたいことはなくはない映画やけど、傑作と言ってよい映画やった。

第9地区・・・・・・・90点