ランチ以外のお話もしないと、食べてばっかりいる人みたいなので、グループミーティングのことなど。


今日は冷や汗グループミーティングの日でした。

うちのラボは隔週の金曜日がミーティングの日で、一回にだいたいグループの半分くらいがプレゼンするので、

1ヶ月~1ヶ月半に一回プレゼンしないといけないわけです。

英語が上手な人(僕以外)は紙切れ2枚くらい出して、ベラベラとしゃべり倒すわけですが、僕にはそんな芸当はできないので、

パワーポイントのスライドを作って、紙芝居のようにプレゼンをしています。


スライドのシナリオに沿って話しをすればいいだけなのだが、これがなかなかできない。

一応学問的な話なので、一つ一つの単語が長くなりがちなのですが、

(例えば机の中の3冊のファイルなかの一つみたいな)

これが英語だと、一つ、3冊のファイル、机の中という語順になりますよね。


こういう語順の入れ替えがいちいちできないものだから、一回一回つまずいてしまいます。

こういった反応速度は、普段から英語で考えるようにしていかないと、なかなか難しいのかなと、最近は思います。


唯一の救いは、あとでボスにプレゼン内容を褒められ、英語も"getting better"といってもらえたこと。

まあ、こっちでは英語を褒められているうちは英語が下手な証拠だとも言われていますが、

それでもまあ、少しでも褒められると、素直に嬉しいです。


豆知識も落ちもない、ただの日記になってしまった...


今日は挨拶に関して。

朝の挨拶というと、


先生:Stand up. How are you?

生徒達:I'm fine thank you. and you?

先生:I'm fine thank you. Sit down.


という決まり文句で中学校の授業は始まったものだ。

しかし、僕らが中学校で習ったような、How are you? I'm fine thank you.

という決まり文句を、Native Americanはほぼ全く使わない。

使っているのは、ESL(English as second language)として使っている人達だけである。

うちの部屋のNative Americanは、朝の挨拶は、

How's going?

である。


ちなみに僕の耳には、

ハズゴン

としか聞こえない。

受け答えも、I'm fine.Thank you.ではなくて、

Pretty good!

とかが多い。(ちなみにPrettyという単語は、可愛いではなく、veryの意味でよく使われる。ネガティブな文章にはあまり使われないような気がする。)

最近は、Pretty goodがお気に入りで、愛用するようになってきた。


そこで、次のステップをと思い、使う機会を伺っている挨拶文が

”My pleasure"

である。

これを、どんなタイミングで使いたいかというと、

ドアを開けて入るときに、向こうからも人が来て交差しそうになったとき、

こっちの人はだいたいドアを開けて道を譲ってくれる(まず、日本人はこの癖がついていない)。

譲ると大抵、”Thank you"かそれに近いお礼の言葉が返ってくるのだが、

それに大して、”My pleasure"と答えたいのである。


”My pleasure"

いかにも紳士的な良い響きだ!!


しかし、大抵はまず、譲りあいに競り負けて、すごすごと先に通ってしまうのである。

しかも、まれに譲ることができても、お礼を言われてまごまごする。

言えて”No problem"程度である。


うーん。もし、噛んだらどうしよう...でも、一度は言ってみたい。


理想は

”Thank you gentleman."

に対して

"My pleasure"

である。


うーむ。いつか言ってやる。

かくして、一応国家試験も受かり、めでたく整形外科医として勤務しはじめた。僕の卒業当時はインターン制度はまだ導入されていなかったので、卒業と同時に医局入局、専門医として1年目からスタートというのが一般的であった。


住めば都とはよく言ったもので、臨床医としての仕事は予想通り厳しく、そして思いのほか楽しかった。

朝早くから夜遅くまで働き、急患が来れば対応し、夜働いたからといって朝休めるわけでもなく、病院の検査用ベットで眠る日もあった。それでも少しは人の役に立っているのかと思えば、臨床は楽しかった。

2年目以降は大学外の病院に配属となり、外科医としてのスキルを磨き始めることとなった。そうなると、勤務時間は更に増え、生活は厳しくなるのだが、徐々にできる手術が増えていくことは、レベルアップして強い敵と戦えるようになるゲームと似たような快感を覚えることもあった。

この頃になると、仕事も厳しいながらも金銭的にも余裕ができてくるので、少ない余暇を最大限に利用して、飲み会を開いたり近くに旅行にいったりしていた。まあ、要するによくいる若い研修医同様、地方に出て遊びまくっていた。

同期入局の人達もそれぞれ違う病院に配属になるので、病院の場所や、上司の意向、もちろんプラス本人の素行によって与えられる仕事の量・内容が変わってきた。勤務先によっては、上司との関係が難しかったり、逆に仕事内容を評価されて厚遇されることもあった。新人看護師と付き合っているのが病棟にバレて、お姉さん看護師達に冷遇されることもあった。オフィシャルの飲み会や病棟との飲み会なども増えてきて、性格的にも、体型的にも、良くも悪くも社会人らしさを身に付けるようになってきた(と、自分では思っている)。

地方学会でたまに同期と会うと、必ずお互いの仕事の話になって、こんな患者がいたとか、手術を何件やったとか、難しい手術を執刀したとか、そんな話ばかりをしていた。飲めば、理想の臨床医はどうだとか、整形外科の将来がどうだとか、朝までそんな話をしていた。同期とそんな話をすることは何よりも楽しかった。


この頃の僕の目標は、学者になることでも、新しい何かを発見することでもなく、

一つでも多く手術を成功させることであり、一人でも患者を治すことであり、

つまりは一日も早く一人前の臨床医になることであった。

そしてそれは日々の生活を順調にこなしていくことで達成できるような気がしていた。