ここ2週間で英語の被爆率がだんだん上昇している。

ひとつは隣に新しいポスドクが来たのと(今まで隣が空席だった)、

新しい手技を教えてもらいに、隣のラボに出入りするようになったのである。


3時間くらい顕微鏡とにらめっこするので、その間色々と話をするのが最近は良い英会話の勉強になっている。

今日も顕微鏡を見ながら、

”細かい作業が嫌いなことを思い出した”

と言いたかったのだが、”思い出す”という単語が思い出せなかった。

”remember”は思い出したのだが、これは”覚えている”である。

”hit”も思い浮かんだが、これは”思いつく”、とか”思い浮かぶ”って感じだ。


結局、言い表すことを諦めたのだが(言いたいことを諦めることは意外とストレスである)

例によって後で調べてみると、


”remind”である。例文としては、

He reminds me of his father.

である。

だから、さっき言いたかったことを英訳するとしたら、

This work reminds me that I don't like such work

とか、そんな感じだろうか。


完璧な英文を作文しようとする悪い癖ばかり残って、受験勉強の経験っていいことないなぁ

なぁんて思う今日この頃です。




前々から感じていたのだが、実験を頑張ると、人と喋らないで細胞や実験器具と対面している時間が長くなる。

なので、真面目に実験すればするほど、英語を喋る機会が減ってしまう。


そこで解決策として、実験中に少しでも英語を聞くようにしようと思って、最近利用しているのが表題のNPR newsである。


これは、National Public Radioの略で、NHKラジオみたいに、とにかく世界中のニュースをずーと流し続けてくれるラジオです。

フォーマルな英語を、比較的ゆっくりと喋ってくれるのと、

音楽などを合間にあまり挟まずに、いろんな人が喋り続けてくれるので、ずっと英語に被爆し続けることができて、今のところなかなか良いような気がしてます。

日本でも、Web radioで聞けると思います。もし英語、特にヒアリングの学習をしたい人は利用してみてください。

http://www.npr.org/

です。


臨床医としての経験を積み始めた3年目、たまたま地方の病院でのこと。

病院側の都合により、3年目としては珍しく整形外科の中でも下肢だけを重点的に治療するセクションに1年間配属された。一般的に、初期研修医というものは、整形外科医であれば、整形外科全般を見るべきである。しかし、整形外科単科の規模が大きな、つまり整形外科の中でも下肢、上肢、脊柱などとセクションが完全に分かれて治療しているような病院では、まれにこういうことが起こりうる。通常、そういった大規模な病院の場合、いくつかのセクションをローテートする勤務システムが一般的だし望ましいと思うのだが、当時は下肢のセクションの頭数が少なく、そういった病院側の都合により僕の3年目の研修は1フィールドに限定されてしまった(僕以降の研修医は、1年間でいくつかのセクションをローテートしているらしい)。


まあ、相変わらず住めば都ということで、3年目にして専門医的扱いを受ける気分は悪くはなかった。

1分野に特化しているということは、責任もあるが気分的には楽である。とにかく自分のフィールドに関しては、毎日その分野の患者を診察し続け、手術に入り続け、そのフィールドだけ勉強し続けるのである。もちろん他の医者は別のフィールドに関してそういう状態であるわけだから、あっという間にお互いの専門化、分業化が出来上がっていく。仮にその科のフィールドが3つに分かれているとすれば、1/3のフィールドを毎日繰り返し反芻し続ければよいわけだし、不得意な分野には口を挟まず、得意な分野では大きい顔ができるわけだ。


”特化”とは、自分のアイデンティティーを守るための手段だと思った。


そこで出合った上の先生方は、そんな病院に就職して10年以上働いている方なので、そうとう専門特化していらっしゃる。大規模病院では有用な人材であるが、医者としては片手落ちなのも間違いないと思う。しかし、教科書的にしか教わっていなかった治療に関する批判や、過去の経験からくる治療法を踏襲する危険性を教えてくれたことは大変ありがたかった。

初期研修期間といったら、一つ一つのスキルをとにかく網羅的に習得していく期間である。その時期に1フィールドだけとはいえ、同じ部位の手術に200件以上入り、同じ手技を100件近くこなし、どういった歴史で現在の治療法が確立されていったのか、現在の治療法の問題点、将来的にはどういう技術が開発されるべきなのか、というところまで掘り下げて考えることができた。しかしそれと同時に、毎日の同一手技の繰り返しは、ルーチン化していく日常業務、そしてその作業を一生続けていくことに対する漠然とした不安感を感じるきっかけにもなった。

卒業間近、みんな将来の医者としての不安と期待を持っている時期に、”医者の仕事なんて、別に私じゃなくてもできる”と言い放った同期がいた。当時は、”だったら医学部なんて来るなよ”くらいにしか思っていなかったが、この時期になってようやくその台詞の意味が分かり始めてきた。この作業は僕でなくても、ある程度学習、研修すればできるようになる、と感じるようになってきた。


そんな、”職業としての医療”を続けていくことに対する不安を感じるはじめるようになった3年目であった。