今では残念ながら、斜陽感が拭えない、
マット界(プロレス業界)
しかしながら、1980年代後半から1990年前半には、
プロレス黄金期と呼ばれる時代があった。
その時代を牽引する原動力となったのが「週刊プロレス」
単一競技雑誌では、驚異の公称40万部を誇っていた怪物雑誌。
その二代目編集長が、
ターザン山本氏。
試合結果を客観的に報道するスタイルから、
読者、記者の主観的・思い入れを中心に編集された
内容は「活字プロレス」と呼ばれ、
テレビ局主導であったマット界が活字メディアが主導を握り、
団体・顧客に多大な影響をえる事となった人物。
しかしながら、ブームの終焉と歩を合わせるように、編集長を解任、雑誌社を逐われた。
※編集長時代のエキセントリック・スキャンダラスな暴露話は、氏の著書
「金権編集長のザンゲ録」を参照下さい。
その山本氏が京成立石駅付近に在住なのは、編集長時代から認識していて、
一度ホーム上で見かけた事もあった。
時は流れ、ソーシャルネットワーク隆盛の昨今、
山本氏のTwitterをフォローするようになり、
氏の赤裸々な近況を熟知するなかで、
氏の行きつけの店と出会う
立石駅前の「与作」
立石には、足繁く通っていたが、氏のツイートを読むまで知らなかった店。
お世辞にも、旨さを感じられない、店構え・店内。
そこから供じられる、意外な逸品の数々。
波乱万丈の日々を送り続ける山本氏の癒やしの味がここにある。
氏が編集長時代のヒットコピーに
「密航せよ!」というものがある。
地上波メディアがつかない第2次UWF創立時に、
UWFの地方興行を見に行け!=密航しろ!
と訴えた。
ようするに、本物はテレビ=メディアの中には無く、自分達で足を運び、
その目で真実を確かめろ!という意。
そのコピーに心動いた読者達が動き、
第2次UWFは、時代の寵児となった。
さて今日も、
どんな街に
どんな店に
「密航」
しようかな。
