平成5年11月12日、友人からスクランブルオーダーが入りまして、磐越西線に出かけ、翌13日、カヌ座の撮影をしました。
そのときの写真がこれです。本当は非電化区間で撮影するはずだったんですが・・・。
もうすぐ来るなぁ~と思った頃に、突然移動を始めまして、まぁ~、私は助手席でおまかせだったんですが、走り始めて数分後、左前方11時の方向に、3つ目のヘッドライトが・・・。
「もしかして撮影目標は、あれッ?」と私がいうと、180度回頭して、電化区間に先回りすることになりました。
あの突然の移動は、レイテ沖海戦の栗田艦隊の謎の反転同様に、未だミステリーです。
カヌ座撮影後は、会津若松運輸区に移動です。
ここからの3カットは、敷地外からの撮影です。
目の前に、いわずと知れたスーパースターDD51-745がエンジンを止めて、停車しました。
昭和45年第2次債務車として、昭和46年5月31日、日立製で新製配置は旭川でした。その後、五稜郭に移動し、同じく3つ目に改造された僚機4両(710、716、741、742)と共に、急行「ニセコ」などの牽引もしました。その後、津軽海峡を越えて、東新潟、長岡と転属し、磐越西線で50系客車や様々なジョイフルトレインを牽引しましたが、JTの電車化等により、平成12年7月に保存されること無く廃車となりました。
また、磐西の客レが無くなるときには、TOMIXから「さよなら磐西客レセット」として、745号機が発売されました。
私としては、もう一度北海道に戻って、北斗星の先頭に立つ姿が見たかったです。
スユニ50-2037です。昭和55年11月29日幡生車両所で、スハフ42-312の部品を流用して落成しました。
新製配置は郡山、最終配置が仙台で、平成17年12月1日に廃車となっています。
所属表記は仙センなので、救援車代用で貸し出されてるものかと思います。
右から、「東新」DD51-1182、「長岡」DD51-745(中)、「東新」DD51-757(左)です。
1182は、昭和50年第2次債務車として、昭和51年10月6日に三菱重工で落成、新製配置は福知山で、その後東新潟に移動しましたが、平成18年度に廃車になりました。
転車台に載っている757は、昭和47年2月25日に日立製作所で落成、新製配置は熊本で、その後東新潟に移動し、吹田機関区と移動しましたが、昨年の東日本大震災で、東新潟へ貸し出され、日本中から集まった僚機とともに、被災地へ燃料を届けるために大活躍しました。
昨年6月に、広島車両所へ送り込まれ、今年の貨物時刻表によると、門司機関区に配置されています。