ホラーということだったけれど、あんまり残虐的なシーンはなく、効果的に怖がらせるような演出もなく。
下のサイトを読んでやっとわかったけれど、非常にわかりにくいストーリー。
2001年の作品
http://www.fnosta.com/14se/title/session9.html
(以下、勝手に引用)
閉鎖される以前には2400人もの患者を収容、現在では廃屋として聳え立つダンバース州立精神病院の広大な建物に5人の男たちがやって来る。
彼らは壁面などに利用されていた有害アスベストを除去すべく、行政の依頼を受けた作業者たちだった。
その工期は僅か1週間と云う強行日程ながらも、一人当たりに1万ドルの成功報酬が支給されると云う破格の条件だった事から、意気も高揚する男たちだったが、彼らを待ち受けていたのは、想像を絶する狂気の世界だったーー
雪崩れ込むように行われる凶行とその謎の解明がクライマックスの一点に集約されるシナリオだが、伏線とモチーフが活かされる形で幾通りもの可能性を示唆するプロセスも見応え充分、卓越した構成力で一気に見せる傑作サスペンスと云った所。
ただ、平行線で描かれる多重人格障害の患者の記録を辿るシークエンスを、犯人の動機にも繋がる核心的伏線として最後のカットで描き出してしまった事は、その評価の大きな分かれ目と云った所。
「サイモン」が犯人に憑依していたと云うモチーフを示唆する伏線については、サイモンの人格を持った女性患者メアリーの墓石の傍らに座り込んでいるカットや、入札前に病院を訪れるシークエンスから終始挿入される複数の伏線的カットなどでも示唆されているが、その超自然現象的なモチーフを全ての惨劇が起こる以前に挿入されても、漫然としたものにしか映らない。
手っ取り早く云えば、「家庭での惨劇」に端を発していたゴードンの犯行が、実は「サイモンの憑依」によるものだったと云う説明をクライマックスのカットでようやく提示されても、純粋なサスペンス路線で成功していた終盤までの展開が、最後の最後で別の次元にジャンプしてしまったと云う印象なのである。
その終盤までほぼイーヴンの存在感となるピーター・ミュランとデイヴィッド・カルーソ、そして、第一の被害者として生き長らえるジョシュ・ルーカスなど、これらの疑わしき人物たちが絡み合うモチーフだけでも、サスペンスとして成立するだけの要件は充分に満たしていたのである。
ただ、それだけではスティーヴン・ジェヴェドンを中心に据えて描かれるオープンリールと向き合うシークエンスに意味がなくなってしまう訳だが、いっその事ジェヴェドンだけはサイモンの次のホストとして生かしておいて、惨劇に手は染めるものの良心の呵責で使い物にならなくなったゴードンをサイモン化したジェヴェドンが始末をつけると云った展開にでもすれば、超自然的なモチーフにも違和感は無かったように思える所。
何れにせよ、高いポテンシャルの完成品として纏め上げられたシナリオは充分に楽しめる。
サスペンス的な緊張感や絶妙なミステリー性が終始継続される100分間。瞬く間と云った印象だった。
下のサイトを読んでやっとわかったけれど、非常にわかりにくいストーリー。
2001年の作品
http://www.fnosta.com/14se/title/session9.html
(以下、勝手に引用)
閉鎖される以前には2400人もの患者を収容、現在では廃屋として聳え立つダンバース州立精神病院の広大な建物に5人の男たちがやって来る。
彼らは壁面などに利用されていた有害アスベストを除去すべく、行政の依頼を受けた作業者たちだった。
その工期は僅か1週間と云う強行日程ながらも、一人当たりに1万ドルの成功報酬が支給されると云う破格の条件だった事から、意気も高揚する男たちだったが、彼らを待ち受けていたのは、想像を絶する狂気の世界だったーー
雪崩れ込むように行われる凶行とその謎の解明がクライマックスの一点に集約されるシナリオだが、伏線とモチーフが活かされる形で幾通りもの可能性を示唆するプロセスも見応え充分、卓越した構成力で一気に見せる傑作サスペンスと云った所。
ただ、平行線で描かれる多重人格障害の患者の記録を辿るシークエンスを、犯人の動機にも繋がる核心的伏線として最後のカットで描き出してしまった事は、その評価の大きな分かれ目と云った所。
「サイモン」が犯人に憑依していたと云うモチーフを示唆する伏線については、サイモンの人格を持った女性患者メアリーの墓石の傍らに座り込んでいるカットや、入札前に病院を訪れるシークエンスから終始挿入される複数の伏線的カットなどでも示唆されているが、その超自然現象的なモチーフを全ての惨劇が起こる以前に挿入されても、漫然としたものにしか映らない。
手っ取り早く云えば、「家庭での惨劇」に端を発していたゴードンの犯行が、実は「サイモンの憑依」によるものだったと云う説明をクライマックスのカットでようやく提示されても、純粋なサスペンス路線で成功していた終盤までの展開が、最後の最後で別の次元にジャンプしてしまったと云う印象なのである。
その終盤までほぼイーヴンの存在感となるピーター・ミュランとデイヴィッド・カルーソ、そして、第一の被害者として生き長らえるジョシュ・ルーカスなど、これらの疑わしき人物たちが絡み合うモチーフだけでも、サスペンスとして成立するだけの要件は充分に満たしていたのである。
ただ、それだけではスティーヴン・ジェヴェドンを中心に据えて描かれるオープンリールと向き合うシークエンスに意味がなくなってしまう訳だが、いっその事ジェヴェドンだけはサイモンの次のホストとして生かしておいて、惨劇に手は染めるものの良心の呵責で使い物にならなくなったゴードンをサイモン化したジェヴェドンが始末をつけると云った展開にでもすれば、超自然的なモチーフにも違和感は無かったように思える所。
何れにせよ、高いポテンシャルの完成品として纏め上げられたシナリオは充分に楽しめる。
サスペンス的な緊張感や絶妙なミステリー性が終始継続される100分間。瞬く間と云った印象だった。

