他人に好かれることを目標にしてしまっている人は、自分以外の人なら誰にでもよい顔をする。したがって、さまざまな性格の人とつき合っているが、本当に 親しい人はできない。人間にはいろいろな種類の人がいる。すべての人と深く付き合う必要などない。そんなことをしようとしたら、ノイローゼになってしま う。自分の姿を偽らずにいれば、その中から親しい人もできるし、一年に一度ぐらい会う人もできるし、一カ月に一度ぐらい会う人もできる。自分を偽って他人 に見せていると、その付き合いの深さのさまざまなレベルができてこない。誰とでも同じような程度の親しさになってしまう。
抑制型の人は自分の憎しみの感情を吐き出すことで優しくなれる。
でも、自分の感情を吐き出せる人と、中々吐き出せない人といる。
吐き出せない人は日記にでも直接吐き出すことである。

大切なのは直接吐き出すこと。
間接的に吐き出しているといつまでも苦しいだけ。
間接的に吐き出すとは、例えば本当の感情は憎しみなのに「オレは辛い!」と訴えること。
これは訴えるだけで解決にならない。
苦しみを訴える人は、愛情を求めているし、憎しみを持っている。
子供でも泣いた後は素直になる。
泣くことで、マイナスの感情を吐き出したからである。
ことに「悔しかったんだね、悔しかったんだね」と悔しさを認めてあげると優しい子になる。
この類の体験のない子が大人になって執着性格者になる。
優しい人かどうかは、先ず第一にその人が満足しているか満足していないかである。
優しい人とは心が満足している人である。
これが優しさの第一条件。
「冷たい人」とは心が満たされていない人である。
「相手の気持ちを汲み取ることが優しさだ」と言っても、自分が不満なら相手の気持ちを汲み取ることは難しい。
不満な人と言うのは、自分が相手から自分の気持ちを汲み取ってもらいたいのに汲み取ってもらえない人である。
不満な人は、相手の気持ちを汲み取る心理的ゆとりはない。
不満な人と言うことは、先ず何よりも先に自分の気持ちを相手に汲み取ってもらいたい。
それなのに「相手の気持ちを汲み取れ」と言っても無理であろう。
また不満な人に「もっと優しくなれ」と言っても無理な話である。
「もっと優しくなれ」と言うよりも、優しくなれる環境を創ることが第一である。
自分のことを聞いてくれれば、人は優しくなる。
大切な事は相手の心を満足させなければ相手の優しさは出てこないと言う事である。