金木犀と姉 | きらきらな日々を

きらきらな日々を

明日、心の空が晴れますように

10月11日。

金木犀が香る頃に思い出すことです。


・・・・・・・・・・


その日、私は仕事から帰宅しました。

姉の靴が玄関にあったので、彼女が自宅にいることは分かりました。

でも、居間にいないし、スリッパがありません。

「お姉ちゃんは?」と両親に問いかけました。

「二階の部屋じゃない?」と。


二階の両親の寝室に用事があって、一度行き、また一階の居間に戻りました。


10分位両親と話をしていて、もう一度姉の姿を二階でも見なかったことを思い出し、両親に姉のことを尋ねました。

「だから、自分の部屋にいるんじゃないの?」と、母が言いながら、階段を上がって探しにゆきました。

まもなく姉の名前を呼ぶ母の悲鳴が聞こえ、私は階段をかけ上がりました。


姉の部屋と両親の寝室の間に、ベランダに出れる狭い廊下があるのですが、姉はそこで首を吊っていたのです。


急いで吊っているハンカチの様なものをハサミで切り、母と私とで廊下に寝かせ、私は人工呼吸と心臓マッサージをしながら、母に、119番に電話し、救急車を呼ぶように伝えました。

ちょっとして救急車が到着し、救急隊の方たちに「あなた何者ですか?」と聞かれました。

「看護師です」と告げると、救急隊の方がバッグで人工呼吸、私が心マをすることになり、救命処置をしながら、姉の状況を時計で時間を細かくみていたので、それと共に伝えました。


病院への搬送体制が整い、担架で運んでもらいました。

救急車には一人しか乗れないので、私が付き添うことにし、両親には自宅待機してもらいました。

もう、家の周りはやじ馬がいっぱいでした。


救急室に運ばれ、私は外で待っているだけでした。

しばらくして呼ばれ、中に入ると、点滴等をしてもらっている姉がいます。

医師はずっと心マをしてくださっていました。

大体、どんな処置が施されていたのかは分かりました。


その医師が手を休め、状態を診て、「これ以上続けても、お姉さんがかわいそうなだけです。ご両親は?」と尋ねてきました。

「自宅にいます。申し訳ありませんが、両親が到着するまで、(心マを)続けていただけますか?」

「それは勿論かまいませんよ」


好意に甘えることを決め、急いで外に出て自宅に電話すると、母が「今刑事さんが来ているから、でももう終わる様だから、行くね」と。

私は、私一人でなく、姉をちゃんと両親にもみとられた最期にしたかったのです。


霊安室の前で、死後の処置が終わるのを待つ間。

一人の刑事さんが私に話しかけてきました。

生前、姉が警察沙汰になった時、担当してくださった刑事さんだったようでした。

憶えているよ、といっておられました。


調べた結果、警察は自殺だと判断。

事件性はないとのことでした。


それからも大変でした。

父はこういう死に方だから、密葬にしたかったのに。

近所中は「首吊り自殺」という情報でいっぱいで。

姉の同級生なども大勢おしかけてきました。

姉のところに行きたくても、外でその同級生につかまり、小一時間、状況を説明させられたり。

当時、情報は必要以上に洩らしたくなかったのに。


火葬までは近所の方が参列してくださったのですが、お墓は50~60kmほど離れた場所にある為、近親者のみにしていただくつもりが。

別の同級生は、先回りして、お寺でストーカーのように待っていました。


もう、ほっといてよ!

そういう心無い行動はやめて!

私達だけでさよならしたいのに、意地悪はしないで!!


・・・・・・・・・・


人は、呼吸が止まってから、最初の5分がカギだと言われています。

5分以内なら助かる可能性は高いけれど、10分、15分と経つごとに、生存率は急降下するのです。


私は、最初、姉のいた廊下を通って、用事を済ませに行った。

また通って、一階に戻った。

そして、10分ほど、両親とたわいもない談話をしていた。


もし最初、気付いていたら?

10分も経ってから姉を思い出すのではなく、姉の部屋にいる気配が無い時点で、ちゃんと探していたら?


もしかしたら、すぐに気付いていても、間に合わなかったかもしれない。

でも、もしかしたら、間に合ったのかもしれない。

私がお姉ちゃんを殺したんだ。


そういう考えだけが頭の中をグルグルとする中、ただ、蘇生処置をくり返し、救急隊を待っていた、あの時間。

あの思い。


両親も友人も、「あなたがお姉ちゃんを殺したんじゃないから」とは言ってくれたけど。

「むしろ、(蘇生処置や指示などを)よくやってくれたよ」とも言ってくれたけど。

看護師でありながら、姉を助けられなかった自分を、悔やんでも悔やみきれませんでした。


・・・・・・・・・・


しばらくして私は、会社へ行くことが困難になり、休職し、入院し、いつまで経っても治らないので退職しました。

以来、私は、働けないまま、12年が過ぎました。


今も、その傷は心に残っています。

毎年、10月11日が来るたびに、思い出すのです。


あの日、仕事中、お客様のお宅の庭に、大きな金木犀の木があって。

とても強く香っていました。


金木犀の香りがするこの頃になると、今でも姉のことを、あの日のことを、強く思い出します。

私にとって金木犀の香りは、姉の香りなのです。