日本は独自の戦闘機を開発させてもらえないでいる。
僕は日本の戦闘機のすばらしさをなんとしても世界に伝えたい。
かつて日本の航空機産業は世界から「猿真似」と称された。1930年代までに開発された日本の航空機は確かに世界の猿真似であったかもしれないしかし、96式艦上戦闘機は日本が始めて世界に追いついた戦闘機だった。
そして、今もその名を残す傑作戦闘機が1940年に登場した。
「三菱零式艦上戦闘機」通称零戦。三菱の堀越技師が削りに削った軽量、中島飛行機製の大馬力エンジンの高速、二〇㎜機銃の重武装の戦闘機だった。
日本の戦闘機は何も零戦だけではない。「一式陸上攻撃機」通称、一式陸攻。僕は零戦と並ぶ傑作機だと思う。この飛行機は「初めて」をたくさん樹立した。
初めての渡洋攻撃。中国大陸に向けて九州の大村飛行場を飛び立ち爆撃をして帰還した。世界では類を見ない試みであった。
そして、世界で初めて作戦行動中の戦艦を撃沈した。
マレー沖海戦で、英国の戦艦プリンス・オブ・ウェールズ―次期英国国王がその名を拝するという―と巡洋艦レパルス。
当時の常識としては飛行機はあくまで戦艦の補助機関に過ぎず勝敗を決定するのは戦艦に搭載された大砲だ、という考えがあった。それまで航空機が戦艦に攻撃した例はあったものの、いずれも沈没せずに着床、または止めをさしたのは戦艦の大砲だった。しかし、航空機の力だけで戦艦を撃沈したのは初めてだった。
結果的にこの時代の変化が日本を敗北に追いやったのだが、日本の航空機が世界に与えた影響は大きかった。
戦争が終わる直前、またも傑作戦闘機が誕生した。烈風である。
ある航空将校はこう語った。「もし、終戦時に本機200機あらば、選挙区の挽回も可能なリ。」と。零戦を上回る運動性能と防弾性能、戦闘性能。堀越技師が担当した。
戦後、日本の航空自衛隊の戦闘機はF-4やF-104など米国製の戦闘機ばかりであった。
そして、三菱重工が開発したF1戦闘機も米国との共同開発だった。
いま、主力となりつつある三菱重工製のF2などは、プログラムソースこそオリジナルとはいえ外見などほとんどF-16のままである。
あらたなFX戦闘機(次期主力戦闘機)に政府はF-22を考えているが、軍事機密上の問題からアメリカは輸出を拒否している。
今こそ日本の航空機を作らないといけないときではないだろうか。
一機何百億もするような高価な戦闘機を購入するならやはり、自国で製造すべきである。
いつまでもアメリカに頼っていてはいけない。今こそ日本航空機技術が脱皮しふたたび世界水準、それ以上に返り咲くためのじきだ。
*****************************************************************
スポンサーサイト
*****************************************************************
☆美白・肌年齢
☆豊胸手術とサプリメント
☆バストアップ
☆中学受験塾選び
☆中学受験算数
☆行かせたい中学選び
☆子供英会話教室
☆視力回復方法
☆もてる男
☆浮気調査
☆保険選びで迷ったら