中学と高校で合唱部でした。

 

中学2年の時に顧問の先生に誘われて入部しました。

そして、中2の時に私の母校になる高校の合唱部がコンクールの全国大会に行きました。

当時の合唱部の顧問の先生が、OGだったため、春休みに高校の合唱部に見学に連れて行ってくれました。

 

とても綺麗なハーモニー、とても上手なことに感動したなぁ(⋈◍>◡<◍)。✧♡

一緒に発声練習とかさせてもらったけど、全国に行く合唱部を間近に見て、聴いて、感じて、すごく感動しました。

 

その経験で、私は、この高校に行きたいって思うようになりました。

 

最初、志望していた高校は、1ランク上の地元で1番頭のいい高校だったので、祖母も父もその高校に私を行かせたかったので、志望校変更に、最初は大反対でした。

でも、何とか祖母と父を説き伏せて、私は、母校になる高校を受験して、入学しました。

 

 

それで合唱部に入部。

 

オフシーズンは、冬休みの1~2週間くらいだったなぁ・・・。

その他は、学校のある日の放課後も土日、夏休み、春休みもほぼ毎日、部活がありました。

放課後の部活の時間的には、2時間強。

コンクールシーズンになると自主練で、朝練、昼練もしました。


準備体操、校内を走ったり、コンクールシーズンは、外を走ったりしてから、腹筋、背筋などをして、その後、発声練習、パート練習をして、最後に全体練習という感じでした。

 

私は、中学の時はメゾソプラノで、高校の時はソプラノ(ソプラノが2声になる時は、下の部分を歌うセカンドソプラノ)でした。

 

高校2~3年生の時は、24~5人と人数が少なかったので、私は、ソプラノだけど、ソプラノ(私はセカンドソプラノ)が歌っていない部分は、メゾソプラノとかアルトの部分も歌ったり、時にはトップスソプラノの部分を歌ったり、忙しかったです💦

 

1年生の時は、男子が少なかったので、女声合唱でコンクールに出ました。

2~3年生の時は、混成合唱でコンクールに出ました。

 

そして、全道大会で、3年連続金賞。

1年、3年の時は、1位の金賞で、全国コンクールに出場しました。

3年生の時のコンクールは、自由曲で、混声曲と女声曲の両方を歌うという珍しいこともしました。

女声合唱と混声合唱の両方で全国に行ったのは、今のところ、私たちの学年が最初で最後です。

 

1年生の終わりに、大量に辞める人がいたり、3年生の時は、人間関係でソプラノとアルトが対立というか、ぎこちなくなってしまったり、色々と大変な時期もあったりしたし、3年間、練習は、結構大変だったりもしたけど、そういうのを乗り越えて、全国大会が決まった時の感動は、今でも忘れません。

 

3年生の時は、引退が11月になってしまったので、親に「いつまで部活をやってるんだ!!」って言われたりもしたけど、何とか最後まで部活をやり遂げました。

 

受験勉強は、たったの2か月ちょっとでした💦

第1志望校の地元の看護学校は落ちたけど、何とか他に受けたところ(母校)に合格することが出来て良かったです。

親元を離れられたので、むしろ良かったってあとから思いました。

 

部活は11月までだったけど、全国大会出場記念の演奏会が3月31日だったので、卒業式後に最後に制服を着て、演奏会で歌いました。

 

ちなみに、卒業式後、私は、張り切って初パーマをかけたのですが、演奏会にパーマ頭で出ることになり、やっぱり制服姿には、パーマじゃない方が良かったな・・・とあとから思いました。

 

顧問の先生には、「パーマかけて、おばあちゃんに怒られなかったか?驚かなかったか?」って言われた(笑)

 

 

その数年後、地元に戻ってきて、その顧問の先生が指揮者を務める、母校の卒業生が中心になっている女声合唱団に入って、私は10年くらい続けましたが、仕事が忙しくなったりして、辞めました。

女声合唱団でも、全国コンクール行きましたよ(^^♪

 

そんなとてもお世話になった顧問の先生も数年前に癌で亡くなりました。

お通夜、お葬式では、過去のコンクールの合唱が流れていたり、みんなで演奏会などで歌った歌(先生が好きだった歌)を歌って、お見送りをしたりしました。

とても悲しかったけど、良い式だったなぁって思います。

 

長くなりましたが、これが私の部活の思い出です。

 

中学の時も色々とありましたが、長くなるので割愛しました。

 

 

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