扇風機が部屋の隅で所在なさげに
うつむき始める9月のある朝、
うだるような寝苦しさを忘れた身体は
いつもより1時間多く眠っていた。
意味もなく、いつも通りiPhoneを開くと
そこには去年のコマ責ブログが並んでいた。
そうだった。
コマ責ブログを書こうと思い、昨夜は去年のブログを読み返していたのだった。
みんなが書いてくれたブログ、
それらはまるで、
発情期のメス猫のように激しく、
Amazonのプライム会員への配達のようにスムーズに、
そして都営大江戸線のように深く、
私の心に突き刺さった。
そうか、もうこの季節が巡ってきたのか。
心なしかどこかから秋刀魚の匂いが鼻をかすめた気がした。いや、秋刀魚ではないかもしれない。しかし、秋刀魚かどうかという問題は、差し迫って考えるようなものではないことは一人っ子の私でもすぐにわかることだった。
今年はトップバッターとして書かせてもらう立場。
みんなの秋を、esの秋を、俺が連れてくる。
書くことなんて決まっていない。
それでも書かずにはいられなかった。
俺は机に向かい、握りしめていた秋刀魚の塩焼きを、そっとペンに持ち替えた。
みなさん、
お疲れ様です。
ここまでは、村上春樹さんに書いてもらいました。
dance crew es 10代目 代表 樋山 悠です。
おっくーの相方として今年は
OPとPOP SPを作ってます。
あだ名は、、てまっえー、、です。
去年の自分のブログでトリを飾って、
11期にバトンを回したつもりだったんですけど、
二連続で書くことになるとは思いませんでした。笑
ブログ初っぱなの役割ってなんだろうか、、
俺のブログが面白ければ、
コマ責ブログ=いいブログ
というイメージが付いて、
よりたくさんの人が
読むかもしれない。
Well begun is half done.
初めが肝心。
何事においても大切な事です。
だからこそやっぱり、
第一回通しの重みは初デートと同じ。
絶対に色あせない思い出です。
初デートしくじったら、
結構きついっすよね笑
俺は第一回通しはまじで
毎回気合入ってます。
-est2016の第一回通しは超最高でしたよ。
みんなのダンス見せ合えるの、
本当に楽しみだね!
ここでみなさんが大して興味もないであろう私の経歴をあえて書きます。
中高は男子校の野球部で、
汗とか涙とか色んなものを流し、
引退した後は早稲アカで、
毎日授業を右耳から左耳へ流しました。
そうして入校した防衛大学校は3ヶ月半で
退校し、浪人生活が始まります。
おれ今でも結構頻繁に自衛隊のこと語ってますが、
ゆーて3ヶ月なんですよ。
これをesに置き換えてみましょう。
一年生でダンスを始めて、
3ヶ月ちょいといえばクライベです。
クライベまでしかいなかったesっ子が、
ここまで堂々とesを語っていると思うと、
なんかウケますね笑
防衛大学校に入って、
そして辞めたときは、
本当に人生色々迷いました。
高校卒業した後は、
早稲田大学に進学するか
防衛大学校に進学するか
死ぬほど迷ったんですが、
当時の自分は
早稲田に行って、
なにもレールがないところで
樋山 悠という自分の道を確立する自信が無かったです。
早稲田に行って
ただの大学生になっちゃうのが、
まじで怖かったんです。
自衛隊のトップの学校で揉まれ、
この学校ほど組織との関わり方を肌で学べるところはないという想いで
防衛大に行くことにしました。
でも入学して時間が経つと
世の中のことを何も知らない
18歳の自分には、
このあとの人生ずっと自衛隊でいいのかは
全然わからなくて、
今決断するのがすごく怖くて
中途半端なことは承知で辞めさせてもらいました。
無責任ですよね。
もっと一般の学生とか、
民間の仕事とか、
いろんな世界を知りたい欲求で
動かずにはいられませんでした。
でも中途半端に辞めたからこそ
慶應で何か1つのことを成し遂げなきゃいけないと思っていて、
自分にとってはそれがダンスでした。
一年前に
国を守る仕事をしてる防衛大の数少ない同期が
俺の三田祭を見てくれた時、
「そこまでダンスで輝いてくれるなら、
辞めてもらって良かったわ。」
って言ってくれました。
国の為に働くって、
すごく尊いことだと、
今でも思ってます。
だから防衛大の数少ない同期は、
俺にとっては死ぬほど大切な仲間です。
そんな彼らにそう言われたのが、
本当に嬉しかったというか、
なんかホッとしました。
自分の選択を正解に出来たのかなって。
防衛大の長〜い話はこれで終わりです。
もうみんな飽きてると思うので、
ブログもそろそろ終わりです。
こんな風に、
おれってビビリなんですよ。
就活で会社を選ぶ時もいろいろビビったし、
今でも社会人になるの、
めっちゃ怖いです。
でも上で書いたように、
選択するのをビビリながらも
自分の人生1つしかないと思って、
自分らしさみたいなものを追いかけて
慶應に来ました。
慶應では
ダンスを通じて、
esを通じて、
少しは自分らしさを作ることができたんじゃないかと思ってます。
ダンスは自分らしさを他人に伝えるものだから、
慶應でダンスを選んで本当に良かったです。
というか、
自分は本当に運が良かったですね。
JADEに入るか悩んでたけど、
もしJADEに入ったら全く別の人生だったし、
浪人して10期でesに入ったから、
代表としてもみんなに支えてもらえた。
相方のpopperがおっくーだったから
今の俺のpop人生がある。
同世代のリボルブpopperがいることも
死ぬほどラッキーだと思ってます。
張り合いがあって、
(勝手に張り合ってるだけかも笑)
あんな時代がいつかes popにも来てほしいんだよね。
しかも初心者から始めたのに、
学生レベルの最高峰がうじゃうじゃみたいな
そんな環境がesにあったら楽しそう!!
振り返ってみて、
支えてくれた周りのみんなに感謝してます。
俺の中で四年曲(SP)は、
人生の集大成で、
この世で1つしかない人生を歩んでる
俺とおっくーが作るからこそ、
今年のPOP SPは俺とおっくーにしかできない、
自分らしさの塊みたいなショーをしたいんです。
今までのes popの歴史の中に
自分たちにしかできないクリエイティビティを残して、
これからのesっ子の夢を作り続けられるような、
観に来た高校生が慶應に入りたくなるような
明日から戦争すらなくなるような
そんなショーケースを18人と踊ります。
三田祭本番は自分の人生の自信を
ダンスで観客にぶつける場所です。
俺がそうであるように、
慶應で踊るこの四年間は
絶対にみんなの人生の中で意味があるから
1人として同じじゃない302人分の人生を
ダンスで体現しましょう。
そしたら
一人一人を観ても個性があって飽きなくて
全体を観てもまとまりがあるショーケース
303回観ても面白い三田祭ショーケースの完成ですね。
結論のないブログですみません。
ひたすら自己紹介して終わりました。
このブログのバトンは10期の個性派ハウサーに引継ぎます。
彼とは一年生の時の春合宿の初日の夜ご飯で、初めて話しました。
「どーせやるからにはさ、
三田祭でソロしたいよね。」
「だよな、俺はソロもらえたらサイドスライドをしようと思ってるんだ!
うん、Michael Jacksonが大好きでダンスを始めたからさ。」
なんでかめっちゃ鮮明に覚えてるよ、
俺は。笑
popコマ取ってたね笑笑
本当に三年生の三田祭でお互いソロをしました。
彼のソロと、ラスユニ前後入れ替え後の始めの4カウントは、
冗談抜きで100回くらい動画で見ました。
面白いブログ期待してる👍