お疲れ様でええええええす
ついに明日から-est2017開幕ですね。
早くやりてーけど、終わって欲しくねー
忙しい日々ですが、ふとした瞬間に涙が溢れそうになります。
はい。
まずはまぁ自己紹介します!
5歳くらいの時にお祭りの盆踊りに乱入して品川音頭かましたのが人生初ステージらしいです。
ダンスには昔から憧れてました。
小学校時代は鉛筆のキャップを飲み込んだり、給食を残したりしました。
そして中学受験に大失敗した俺は
青稜中学校、高等学校という自称進学校に流れ着きました。
んで友達に連れられバレーボール部に入りました。
部活は適当にやってました。
自主練とかほぼした事ないし、練習より楽しそうな事があればバックれました。
人が多くなかったので2年からずっとスタメンだったけど、スタメンの中でずっと一番下手くそでした。
純粋に練習量とか熱意が足りませんでした。
試合中よく惨めな思いしてました。
あー俺足引っ張ってるーみたいな。
コートの中から消えてしまいたいって思った事が何回もあります。
んで本当に控えと交代させられるとベンチに座ってるのが辛くてこの世から消えたくなりました。
けど別に練習はしなかったんですよね。
自分のせいなのに身長のせいとかポジションのせいにしたり、才能ねーとか嘆いたり
引退試合は強豪校相手に2回戦敗退。
負けたのになんも悔しくなくて『ありゃ相手が強すぎるわー』ってヘラヘラ笑ってました。自分が足引張らなくてよかったーって心のどっかで思ってました。
んで高校に上がった時に俺は部活から逃げました。
高校生活は楽しかったです。
文化祭では後夜祭のMCとか、体育祭では幹部とか実況とか色々と目立てる役割を貰えて
それなりに青春ごっこして
そんな頭いい高校じゃなかったから模試も定期試験もトップの成績とれて優越感に浸って
なんか大体の事は思い通りになって
俺はそんな自分の高校生活に満足してました。
んで転機が訪れます。
高3の時ボケーと外見てたら、サッカー部がボロクソに泣いて引退式やってるのを見つけました。
『こいつらは3年間サッカーに本当に全力だったんだな』
『自分は今までの人生何かひとつのことにこいつらみたいに全力で向き合った事ないな』
って気が付きました。
なんでも思い通りになったんじゃなくて、思い通りにならないような事から逃げて楽してただけでした。
あの時部活もっと本気で頑張れば良かった。
高校でも続ければ良かったって思いました。
だから俺は大学で死ぬ気でダンスやろうって思いました。
その時『慶應で一番うまいダンサーになる』って目標を立てました。
その日から3年くらいたちました。
後からもっと行けたなって部分もあるけど、
いままで何も頑張れなかった自分だからこそ、この3年間は自分なりに全力でやってきたつもりです。
んで今の俺はどうか?
あの頃想い描いたようなダンサーにはなれてないですわな! ぶっちゃけ!
俺よりすげーダンサーなんてたっくさんいるし、バトルやコンテストでもたいした結果は無いですわ。
余談的に言うと俺はいま怪我で足が満足に動かないし、今も爆弾抱えながら踊ってます。一生ちゃんとは治らないかもしれません。
センター張ろうとしてたパートが出来ない動きあって入れなかったです。
なるべく負担はかけないようにしないといけないから、基礎練もしっかり出来なくて全盛期よりだいぶ衰えてます。
正直そこに関してはクソ悔しい。
ずっと目標にしてきた-est2017 で悔しい想いしまくってます。
じゃあいままで憧れのダンサーになるための努力は無駄だったか?
三田祭の為の努力は無駄だったか?
俺はそうは思わないです。
3年間頑張ってよかったなーって心から思ってます。
-est2017にめちゃめちゃ満足してます。
なぜか?
俺にはこんな俺にコマセキやらしてくれて、代表やらしてくれて、支えてくれる沢山のすんばらしい仲間がいます。
この1年間で俺は本当に素晴らしい仲間に恵まれたって感じました。
俺が歴代の代表に絶対負けてない点は優秀で最高な仲間に恵まれたって点です。
これだけは誰にも負けません。
そして、大好きなダンスがあります。
あの頃想い描いたようなダンサーにはまだまだだけど、すげー幸せです。
俺がセンターで踊れなくても代わりにそこで俺以上にぶちかましてくれるコマ生がいて、
ソロで声出して応援してくれる仲間がいて、
心から尊敬する先輩の引退のショー作れて、
やっぱり11期の作るショーは素晴らしくて
俺らをここまで育ててくれたしょーたろうさんに歴代最高のestって言ってもらえて
こんなに幸せな事はない。
-est2017 最高です。
俺の足が動かねー事なんかもはやどーでもいいって言えるくらい幸せです。
努力すれば夢は必ず叶う
なんてことはないと思う。
夢って無限に広がるのに時間は有限だし、才能ってのは悔しいけど存在する。
今回の怪我みたいなハプニングもある。
けど報われない努力は絶対にない。
想い描いたような形にはならないかもしれないけど、自分に出来る事は全部やったって思えるくらい頑張れば、努力は自分に絶対返ってくる
だからどうせ無理でしょって言う前にとりあえず全力でもがいてみよーぜ って話です。
大学生活という最後の青春の舞台に中高時代の俺みたいな後悔を残すのはもったいないっす!
俺は三田祭終わったらしっかり足休めて出来る限り直してまた0から夢に向かってもがいてみます。
もしも望んだ結果にならなくても、自分ができることは精一杯やりきった!って思えるような大学生活にしたい!!
なにか一つの事を全力でやるってそれだけですげー尊い事なんですよ。
そんな全力が沢山詰まってるからこのサークルが好きっす 笑
長くなりましたがもう一個言いたい事があります 笑
二つめ行きます。
-est2017について
また俺の話をします。
俺はダンスの才能はあんまなかったけど、たっくさん練習して1年生の終わりの頃はesの中では割と上手くなれました。
んで自信もって始めて1年の終わりに外部のバトルに出ました。
そこで学生lockダンスシーンのレベルの高さを目の当たりにしました。
俺の同期lockerって高校からやってたプロ顔負けの実力者が沢山いるんすよね。
自分がうんちみたいなムーブで予選落ちしてる中でくそかまして同期が優勝してたんすよ。
1年間頑張ってきたのに足元にも及ばなかった
まーじで悔しかった。
帰りの電車で泣いた。
ズタボロにされました。
そっからの俺はコイツらを倒してぇって気持ちが先行して、esの事は蔑ろにするようになりました。
コマ生としての義務はしっかり果たしたけど、自分から貢献しようって気持ちは無かったです。
で矢上祭の時期になって、プライドだけでコマセキに立候補してコマセキやりました。
最初俺は矢上lockの為に全然真剣じゃなかったんですよ。今思えば。
本当クソみたいなコマセキですね。
けどやっていくうちにボロボロの第一回通しとか、第2回深夜練とかいろんな物を経て
偉大な先輩達のes lockへの想いとか、コマを事を主体的に考えて、支えてくれる同期とか、必死についてきてくれる後輩とかの存在に気がつきました。
全員が同じ方向を向いてショーをよくしようって思ってるのを肌で感じました。
esって本当にすげーなって思ったんすよ。その時。
で俺は気がつきました。
Lockin’ crew es は 学生シーンのどのlockin' crew にも負けてねーなって
es lockは最強 っていう先輩の言葉の意味がやっとわかった瞬間でした。
なんかlockの話ばっかりしてるけど、これはlockだけじゃなく全体に言えることだって思ってます。
全員が全員同じ方向むいて全力っていう点に関してはこのサークルが世界一だって本気で思ってます。
だから俺はこの素晴らしいサークルをもっと学生シーンに打ち出して行きたいと思いました。
そして 11thの運営代の目標でそれを提案して、11thに受け入れてもらって、俺が代表になりました。
優秀な副代表が
『リスペクトする、されるサークル・サークル員になること』っていう言葉を作ってくれました。
俺は1年間この言葉を忘れた事はありません。
バトルに出る時も俺がesの名前背負って優勝してやるっていつも思ってたし
(ちなみに一度も優勝できませんでした 笑)
シーンのロッカーにめちゃめちゃesの動画めちゃめちゃ見せたりしました。
あの頃悔しさを覚えたクソうまい同期とは今では友達ですが、俺が猛烈に意識してた一人に『クライベlock1めっちゃよかった!』ってツイッターでリプ貰ったのまーじ 嬉しかった 笑
知名度上げる為に公演が必要だって俺は思ったから公演係も途中から副統括として携わらせてもらいました。(なくなっちゃったけど 笑)
上手くいかなかった事も沢山あったけど、色んな事を試みました。
そんな俺の最後のステージが-est2017 です。
沢山のお客さんが見にきます。
他サークルのダンサー、慶應の学生、通りすがり人。みんなの親戚。いろんな人がきます。
ステージ公演は特に。
俺はこの-est2017 をみたお客さん全員に
このサークルやべぇ。ダンスってやべぇ。
って思わせたいです。
全員。
一人残らず。
このショーケースにはそれができるポテンシャルがある。
三田祭はesがリスペクトされるサークルにより近づくビックチャンスです。
運営代残り3日間
皆さんの力を貸してください。
ぶちかますぞ!!
ついに明日から-est2017開幕ですね。
早くやりてーけど、終わって欲しくねー
忙しい日々ですが、ふとした瞬間に涙が溢れそうになります。
はい。
まずはまぁ自己紹介します!
5歳くらいの時にお祭りの盆踊りに乱入して品川音頭かましたのが人生初ステージらしいです。
ダンスには昔から憧れてました。
小学校時代は鉛筆のキャップを飲み込んだり、給食を残したりしました。
そして中学受験に大失敗した俺は
青稜中学校、高等学校という自称進学校に流れ着きました。
んで友達に連れられバレーボール部に入りました。
部活は適当にやってました。
自主練とかほぼした事ないし、練習より楽しそうな事があればバックれました。
人が多くなかったので2年からずっとスタメンだったけど、スタメンの中でずっと一番下手くそでした。
純粋に練習量とか熱意が足りませんでした。
試合中よく惨めな思いしてました。
あー俺足引っ張ってるーみたいな。
コートの中から消えてしまいたいって思った事が何回もあります。
んで本当に控えと交代させられるとベンチに座ってるのが辛くてこの世から消えたくなりました。
けど別に練習はしなかったんですよね。
自分のせいなのに身長のせいとかポジションのせいにしたり、才能ねーとか嘆いたり
引退試合は強豪校相手に2回戦敗退。
負けたのになんも悔しくなくて『ありゃ相手が強すぎるわー』ってヘラヘラ笑ってました。自分が足引張らなくてよかったーって心のどっかで思ってました。
んで高校に上がった時に俺は部活から逃げました。
高校生活は楽しかったです。
文化祭では後夜祭のMCとか、体育祭では幹部とか実況とか色々と目立てる役割を貰えて
それなりに青春ごっこして
そんな頭いい高校じゃなかったから模試も定期試験もトップの成績とれて優越感に浸って
なんか大体の事は思い通りになって
俺はそんな自分の高校生活に満足してました。
んで転機が訪れます。
高3の時ボケーと外見てたら、サッカー部がボロクソに泣いて引退式やってるのを見つけました。
『こいつらは3年間サッカーに本当に全力だったんだな』
『自分は今までの人生何かひとつのことにこいつらみたいに全力で向き合った事ないな』
って気が付きました。
なんでも思い通りになったんじゃなくて、思い通りにならないような事から逃げて楽してただけでした。
あの時部活もっと本気で頑張れば良かった。
高校でも続ければ良かったって思いました。
だから俺は大学で死ぬ気でダンスやろうって思いました。
その時『慶應で一番うまいダンサーになる』って目標を立てました。
その日から3年くらいたちました。
後からもっと行けたなって部分もあるけど、
いままで何も頑張れなかった自分だからこそ、この3年間は自分なりに全力でやってきたつもりです。
んで今の俺はどうか?
あの頃想い描いたようなダンサーにはなれてないですわな! ぶっちゃけ!
俺よりすげーダンサーなんてたっくさんいるし、バトルやコンテストでもたいした結果は無いですわ。
余談的に言うと俺はいま怪我で足が満足に動かないし、今も爆弾抱えながら踊ってます。一生ちゃんとは治らないかもしれません。
センター張ろうとしてたパートが出来ない動きあって入れなかったです。
なるべく負担はかけないようにしないといけないから、基礎練もしっかり出来なくて全盛期よりだいぶ衰えてます。
正直そこに関してはクソ悔しい。
ずっと目標にしてきた-est2017 で悔しい想いしまくってます。
じゃあいままで憧れのダンサーになるための努力は無駄だったか?
三田祭の為の努力は無駄だったか?
俺はそうは思わないです。
3年間頑張ってよかったなーって心から思ってます。
-est2017にめちゃめちゃ満足してます。
なぜか?
俺にはこんな俺にコマセキやらしてくれて、代表やらしてくれて、支えてくれる沢山のすんばらしい仲間がいます。
この1年間で俺は本当に素晴らしい仲間に恵まれたって感じました。
俺が歴代の代表に絶対負けてない点は優秀で最高な仲間に恵まれたって点です。
これだけは誰にも負けません。
そして、大好きなダンスがあります。
あの頃想い描いたようなダンサーにはまだまだだけど、すげー幸せです。
俺がセンターで踊れなくても代わりにそこで俺以上にぶちかましてくれるコマ生がいて、
ソロで声出して応援してくれる仲間がいて、
心から尊敬する先輩の引退のショー作れて、
やっぱり11期の作るショーは素晴らしくて
俺らをここまで育ててくれたしょーたろうさんに歴代最高のestって言ってもらえて
こんなに幸せな事はない。
-est2017 最高です。
俺の足が動かねー事なんかもはやどーでもいいって言えるくらい幸せです。
努力すれば夢は必ず叶う
なんてことはないと思う。
夢って無限に広がるのに時間は有限だし、才能ってのは悔しいけど存在する。
今回の怪我みたいなハプニングもある。
けど報われない努力は絶対にない。
想い描いたような形にはならないかもしれないけど、自分に出来る事は全部やったって思えるくらい頑張れば、努力は自分に絶対返ってくる
だからどうせ無理でしょって言う前にとりあえず全力でもがいてみよーぜ って話です。
大学生活という最後の青春の舞台に中高時代の俺みたいな後悔を残すのはもったいないっす!
俺は三田祭終わったらしっかり足休めて出来る限り直してまた0から夢に向かってもがいてみます。
もしも望んだ結果にならなくても、自分ができることは精一杯やりきった!って思えるような大学生活にしたい!!
なにか一つの事を全力でやるってそれだけですげー尊い事なんですよ。
そんな全力が沢山詰まってるからこのサークルが好きっす 笑
長くなりましたがもう一個言いたい事があります 笑
二つめ行きます。
-est2017について
また俺の話をします。
俺はダンスの才能はあんまなかったけど、たっくさん練習して1年生の終わりの頃はesの中では割と上手くなれました。
んで自信もって始めて1年の終わりに外部のバトルに出ました。
そこで学生lockダンスシーンのレベルの高さを目の当たりにしました。
俺の同期lockerって高校からやってたプロ顔負けの実力者が沢山いるんすよね。
自分がうんちみたいなムーブで予選落ちしてる中でくそかまして同期が優勝してたんすよ。
1年間頑張ってきたのに足元にも及ばなかった
まーじで悔しかった。
帰りの電車で泣いた。
ズタボロにされました。
そっからの俺はコイツらを倒してぇって気持ちが先行して、esの事は蔑ろにするようになりました。
コマ生としての義務はしっかり果たしたけど、自分から貢献しようって気持ちは無かったです。
で矢上祭の時期になって、プライドだけでコマセキに立候補してコマセキやりました。
最初俺は矢上lockの為に全然真剣じゃなかったんですよ。今思えば。
本当クソみたいなコマセキですね。
けどやっていくうちにボロボロの第一回通しとか、第2回深夜練とかいろんな物を経て
偉大な先輩達のes lockへの想いとか、コマを事を主体的に考えて、支えてくれる同期とか、必死についてきてくれる後輩とかの存在に気がつきました。
全員が同じ方向を向いてショーをよくしようって思ってるのを肌で感じました。
esって本当にすげーなって思ったんすよ。その時。
で俺は気がつきました。
Lockin’ crew es は 学生シーンのどのlockin' crew にも負けてねーなって
es lockは最強 っていう先輩の言葉の意味がやっとわかった瞬間でした。
なんかlockの話ばっかりしてるけど、これはlockだけじゃなく全体に言えることだって思ってます。
全員が全員同じ方向むいて全力っていう点に関してはこのサークルが世界一だって本気で思ってます。
だから俺はこの素晴らしいサークルをもっと学生シーンに打ち出して行きたいと思いました。
そして 11thの運営代の目標でそれを提案して、11thに受け入れてもらって、俺が代表になりました。
優秀な副代表が
『リスペクトする、されるサークル・サークル員になること』っていう言葉を作ってくれました。
俺は1年間この言葉を忘れた事はありません。
バトルに出る時も俺がesの名前背負って優勝してやるっていつも思ってたし
(ちなみに一度も優勝できませんでした 笑)
シーンのロッカーにめちゃめちゃesの動画めちゃめちゃ見せたりしました。
あの頃悔しさを覚えたクソうまい同期とは今では友達ですが、俺が猛烈に意識してた一人に『クライベlock1めっちゃよかった!』ってツイッターでリプ貰ったのまーじ 嬉しかった 笑
知名度上げる為に公演が必要だって俺は思ったから公演係も途中から副統括として携わらせてもらいました。(なくなっちゃったけど 笑)
上手くいかなかった事も沢山あったけど、色んな事を試みました。
そんな俺の最後のステージが-est2017 です。
沢山のお客さんが見にきます。
他サークルのダンサー、慶應の学生、通りすがり人。みんなの親戚。いろんな人がきます。
ステージ公演は特に。
俺はこの-est2017 をみたお客さん全員に
このサークルやべぇ。ダンスってやべぇ。
って思わせたいです。
全員。
一人残らず。
このショーケースにはそれができるポテンシャルがある。
三田祭はesがリスペクトされるサークルにより近づくビックチャンスです。
運営代残り3日間
皆さんの力を貸してください。
ぶちかますぞ!!
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