「ええ、5年前に亡くなった先代の社長が、若ぼんのときからなので、
40年くらいになるね。」
<すごい!偉いですね。ご当家の生き字引ですね。>
「また―。葬儀屋さんは、その仕事何年くらいなん?」
<田中さんにくらべると、ひよこみたいなものですよ。
あ、そしたら、ごはんは炊けてますか?お供えしましょか。>
「はい。これで、いいですか?」
<ありがとうございます。>
「あ、ちょっとちょっと、ここだけの話やけどね。」
<はい。>
「こんな変わった家って、他にある?」
<え―、まあ。>
「この度、亡くなりはった正妻さんと、二番目の奥さんと、
え―、3番目の奥さんと一緒のマンションに普通は、暮らせへんでしょ?」
<はあ、いや、とりあえず、ご事情は伺っていましたけど。>
「それに、お子さん達も皆、一緒に育ったんですよ。」
<お偉いと思いますよ。先代の社長ももちろんですけど。
皆さん、よくできておられますよね。
息子さんたちは、皆、関連の跡継ぎになられていますものね。>
「それが、いろいろあるわよ、人間ですから。特に奥さんたちは。」
<そうですか。そうですよね。大変でしたね。>
「それでね、ちょっと聞きたいのやけど。
奥さん、お茶、してはったでしょ。
お亡くなりになったってお聞きして、掃除にきたら、
無いのよ。」
<えっ。何が?>
「金の茶釜。」
<えー、そんなんがあったんですか―。ええ!純金? 高そう…。
え―、私たち、奥さんのお世話で、ずっと始めから、ここにいました。
!まさか・・・?。私たちでは、無いですよ!>
「ははは、わかってますよ。それぐらい。
実はね、誰が持って帰ったか、私知っているのよ。
ああいうものの、相続権て、誰にあるの?」
<遺言状とか、お有りでしょう?
もともと、それは、どなたのものだったんですかね?
ご当家の場合は難しいですね。う―――ん。>
「でしょう。ここにおるもの以外にも、まだ、相続権のあるものが
いるらしいから、弁護士の先生も訳のわからんことが、あるらしくて、
大変そうやし、こんなことを先生に言っていいのかどうか。」
<はあ、なるほど―。それじゃ、私の頭では、もっと判断できないですね。>
「もう、黙っておこうか?」
(守秘義務…? 長く勤めるには、それなりの努力が必要ですね。
でも、聞いた私は、どうなるの???)

☆ もう一度、考えます。
「お別れ会にしようと思ってんねん。」
「いいですね。故人を偲んで親しい方と
お見送りをなさるのですね。」
「えっ、お坊さんが来えへんのが、お別れ会と違うの?」
「まあ、そうとも言いますけど。ちょっと…。」
「まあ、ええわ。お別れ会ということでして。」
「というと、無宗教でなさるのですね。」
「えっ、無宗教? うちは、真言宗やで。」
「そしたら、お寺さんに来ていただくのですか?」
「えっ、いや、そやから、お寺は呼べへんがな。」
「だから、無宗教で…。」
「違うがな。」
「わかりました。わかっています。
でも、お寺さんに来ていただかないと、
お経もお戒名も、お焼香も無いですよ。いいですか?
何もありませんから、通夜と葬儀をどんな形で
執り行います?音楽葬とか、スピーチとか…?」
「何も無い。じっと座るしかないなあ。
お別れ会って、何や?」
「では、もう一度、ご説明します!」
