こうして前哨戦を制し、勢いに乗るネーハイシーザーは、本番の天皇賞・秋(Gl)へと駒を進めた。もっとも、布施師は
「ビワ、いうたら震え上がるわ。あの馬はほんまのスターホースや。あの馬を負かすなんて無理やろ」
などととぼけていたが、「盾」という響きに対する色気がないはずはなかった。
天皇賞・秋の当日、単勝150円の圧倒的1番人気に推されたのはやはりビワハヤヒデだった。これに前年のダービー馬ウイニングチケットが500円で続
き、ネーハイシーザーは860円で3番人気となった。天皇賞・秋は、平成に入ってからは1度も1番人気が勝っていないというジンクスがあったが、この年4
戦4勝、古馬になって完全に本格化したビワハヤヒデに死角はないと思われていた。
しかし、塩村騎手は、この日だけはなんとしても勝たなければならなかった。失意の底にいた自分に光をくれた戦友のために、2年後に定年を控え、もしかす
ると今回が盾を手にする最後のチャンスになるかもしれない大正生まれの恩人のために、そして、この日のために誇りのすべてを賭けた、自分自身のために。
塩村騎手は、懸命に考えた。ネーハイシーザーは、本質的には逃げ馬ではない。瞬発力には不安があるため前で競馬を進めた方がいいのは確かだが、前につけ
さえすれば、あとはどんな競馬でもできる馬である。ならば、直線の長い東京競馬場で派手に逃げて他の馬たちの目標にされるよりは、何かほかの馬に先に行っ
てもらって、自分は2、3番手で競馬を進めたい。府中での、それも2000mコースでの逃げ切りが他のコースよりも少ないことは、統計がはっきりと物語っ
ていた。まして、後ろには強い馬がつけてくることが目に見えている。
もっとも、皮肉なことにネーハイシーザーは、この日はゲートが開くとともに、いつにも増して鋭く飛び出し、絶好のスタートを切った。塩村騎手は、想像以
上のネーハイシーザーのスタートと手ごたえに戸惑うほどだった。これでは間もなく先頭に立ってしまう。自分が考えていたのとは違う展開になってしま
う・・・。