サンエイサンキューの話
オーナーが有馬記念も使うと言って、スタッフたちは・・・
『厩務員と2人で泣きながら『この馬もう終わりだぞ!』て話してたんだ。涙出た よ。あまりにむごいことするってね。(・・・中略)
調子聞かれると『あー、もー絶好調!』とか返事して、満面に笑み浮かべてさ。
心の中では大泣きに泣いてたんだけどさ。
調教師とも、『これで終わりだな』って話してたんだ。ケイコに乗ってもコツコツ、コツコツ、ってトウ骨のところがきしむ音してんだもん。有馬は順位なんてもうどうでもいいから、ただ何とか無事に回ってきて欲しいとだけ願ってたよ。』
そして故障.......
闘病生活の間、夜飼い(夕食)は必ず7時。それには理由が・・・ 一度だけ住吉さんが用事があり夜八時になってしまったことがあった。
するとサンキューは怒った声でけたたましく鳴いたからだ。
『待っていたんだなと思ってかわいそうで』
夜の飼葉を食べ終わると、サンキューはいつも住吉さんの膝の上に頭をのせてくつろいだ。住吉さんはたて髪を子供をあやすようになでてやる。
またサンキューは住吉さんが帰るからバイバイネ、というと必ずウーンとうなってボロをした。
ボロを片づけるのに三〇分はかかる。一人になるのがいやなので 彼女はいつもこうした。
右前脚の腱を切って伸ばすという手術の後、住吉さんが見舞いにやってきて・・・ サンキューは住吉さんから青草とリンゴをもらいうれしそうに笑顔をむけていた。
-平成6年10月21日、朝、馬房の扉を開けると、彼女が首と内股に汗をかい ていて様子がおかしかったので獣医に連絡。
しかし獣医の到着を待たずサンキューは全身痙攣を起こし、息絶えた。全く信
じられない死であった。
サンキューは手術後片側だけでしか寝られなかったのが
両側で寝返りも打てるようになっていたのだ。
死後四時間後、住吉さんの待つ牧場へ帰宅。死因は心臓麻痺と伝えられている。
(著者/黄金の母たち・小栗帽子:夏目書房)