ツインターボの話
馬主の依頼により、笹倉調教師が牧場まで彼を見に行った時の印象は・・・小柄なツインターボは、たった一頭だけ取り残されたように、牧場の片隅でポツンと草を食んでいた。
笹倉はそのあまりの小ささに驚いたという。チビだった。しかも特別なチビで ある。この馬を競走馬にするのは『可哀想だ』とも思った。
彼が最も嫌がったのがゲート。そんな彼がデビュー前のゲート試験で・・・。
嫌がったが最後、頑としていうことを聞かないのがこの馬の特質である。それま ではなだめすかされて歩いていても、ゲートが目に入ると止まってしまう。
止ま ったら動かない。無理やり押し込めても、今度はゲートが開いても出ない。結局、どんなに遅いサラでも数回のうちに合格する試験を、彼は4ケ月もかかってしまったのです。
平成5年7月11日の福島七夕賞で初騎乗することになった中舘騎手が追い切り で乗った時、
『七夕賞の追い切りで角馬場に入った時、急に走り出して止まらなくなった。こ んなの調教できるのかと思ううちに、(五ハロン)六〇秒を切っていた。ラチに 突っ込まれたり、他の馬にぶつかっていくなんて年中だったし。紙一重というか、 何かが乗り移っているというか・・・。いい馬だけど、怖い馬だった』
平成5年の天皇賞(秋)以降、彼はスランプに陥る。
『小さな馬だから。レースが終わると力を使いはたして、いつもボロボロになっていた。それが可哀想でならなかった。あのオールカマーで燃え尽きちゃったような気もする』
平成8年8月13日、盛岡競馬場での交流重賞レース、クラスターカップに上山 競馬場代表として出走したのを最後に引退。宮城県の斉藤牧場で種牡馬生活をス タートさせました。
ツインターボが斉藤牧場に来た当初は、まったく人間や他の馬たちに対し て心を 開こうとしなかった。 それは牧場のスタッフにしてもそうであった。もう一つ付け加えると、背広を着 ている人間に対してツインターボはかなりの嫌悪感を示した。
『彼がレースで逃げ続けたのは、人や他の馬から逃げたいという気持ちが
あった からなのかもしれない。』
平成10年1月15日。いつも通りに放牧された。
人を信用しない素振りも全く見せなくなったツインターボは、元気に放牧地を駆 け回っていた。すると突然、ツインターボが倒れた。それに気付いたスタッフが彼の元へと駆け寄る。声をかけるが、反応すら示さない。他のスタッフも心配し、ツインターボ の元へと駆け寄ってきた。
だが、ツインターボは目を閉じて、静かに息を引き取っていた・・・。
死因は、急性心不全
(著者/サラブレッド99頭の死に方:流星社)