競馬界が新しい時代を迎える一方で、ネーハイシーザーを見守り、そして育てた大正生まれの老伯楽・布施師も、ネーハイシーザーの引退
を見届けたかのように、97年2月に定年を迎えて調教師を退き、2001年6月にこの世を去った。そして、そのことはネーハイシーザーの唯一無二のパート
ナーだった塩村騎手の騎手人生にも暗い影を落とした。
ネーハイシーザーで天皇賞・秋を勝った1994年には、生涯最多となる41勝を挙げた塩村騎手だったが、翌95年には再びのスランプに陥り、24勝に終
わった。96年には29勝とやや回復の兆しを見せた塩村騎手だったが、この年彼は、地方競馬への遠征日を間違えて騎乗をすっぽかしたことで騎乗停止処分を
受けるという失敗をしてしまい、信用を落としてしまった。そのため、それ以降の塩村騎手は、有力馬はおろか騎乗の依頼自体が大きく減少してしまった。
ネーハイシーザーに続いて後見人的な立場だった布施師も引退してしまった97年以降、大舞台に姿を見せることもなくなった塩村騎手は、ついに2002年
2月をもってステッキを置くことになった。騎手生活14年、33歳の若さでの引退である。通算289勝を挙げた塩村騎手だが、97年以降に挙げた勝利は、
わずかに35勝だった。ネーハイシーザーが引退した後、塩村騎手は北海道のネーハイシーザーには一度も会いに行っていないという。ネーハイシーザーに会い
に行っても恥ずかしくないだけの自分を取り戻すまでは会えない、ということだそうだが、騎手の世界から調教助手へと転じた彼は、果たしてこれからネーハイ
シーザーに会いに行くのだろうか。