ところで、勝者として華やかなウィナーズサークルへと迎えられたネーハイシーザーと塩村騎手の向こう側では、入線直後にあわてて
ビワハヤヒデから下馬する岡部幸雄騎手の姿があった。ビワハヤヒデは、レース中に左前脚屈腱炎を発症していたのである。ビワハヤヒデは、最後に意地を見せ
てセキテイリュウオーらともとほぼ横一線になるところまで上がってきたものの、それは王者として君臨した名馬の意地だけで差し返したにすぎなかった。ま
た、その数日後、前年のクラシック戦線でビワハヤヒデと死闘を繰り広げ、天皇賞・秋でもネーハイシーザーをしのぐ2番人気に推されながら8着に敗れたウイ
ニングチケットも、屈腱炎を発症したことが判明した。ビワハヤヒデ、ウイニングチケット・・・前年のクラシックでは「平成新三強」と呼ばれた2頭の強豪に
とって、この日の天皇賞・秋は現役最後のレースとなった。
しかし、ライバルたちの悲運はあっても、1994年天皇賞・秋を制したのは間違いなくただ1頭、ネーハイシーザーだった。そして、この栄冠は、ライバルたちが乗り越えることができなかった壁を乗り越えてのものだった。
ネーハイシーザーは、デビュー当初は体質が弱く、なかなかレースを順調に使うことができなかった。古馬になってようやく体質が強くなってきたと思うと、今度は脚部不安の兆候が出始め、この秋にはかなり深刻化しつつあった。
能力が高い馬、特にスピードがある馬にとって、それらを支える脚への負担が大きいがゆえに、脚部不安は宿命のようなものである。ましてネーハイシーザー
の場合は、父のサクラトウコウも現役時代は脚部不安に泣かされ続けている。ネーハイシーザー自身、自らのスピードだけでなく、父、そして祖父のマルゼンス
キーの血統に宿命的につきまとう脚部不安から無縁ではいられなかった。
だが、そんな思うにまかせぬ状況の中でも、ネーハイシーザーは決してそれらに負けることはなかった。多くの戦いの中で卓越したスピードを発揮し、不安を
抱えた脚でレコードを次々とたたき出してきた。そして、この日はビワハヤヒデ、ウイニングチケットの脚が持ちこたえることができなかったほどの厳しいレー
スを自ら演出した上、自らは故障することもなくビワハヤヒデやウイニングチケット、そして他のすべての出走馬よりも先にゴール板の前を駆け抜け、栄光を勝
ち取ったのである。それは、ライバルが克服できなかった極限のスピード、そして自らの血の宿命をネーハイシーザーが克服した証であり、希代のスピード馬
ネーハイシーザーがその競走生活の中でついにたどりついた到達点こそ、この日の天皇賞・秋だった。