こうしてクラシック戦線が視野に入ってきたことで新たに浮上したのが、ネーハイシーザーの主戦騎手を誰にするかという問題だった。そ
れまでネーハイシーザーのレースには、デビューして3年目に入ったばかりの安田康彦騎手が騎乗していたが、将来を見据えると、安田騎手では力不足を否め
ず、現にネーハイシーザーにとって初めての芝でのレースとなったすみれS(OP)では、8着と惨敗してしまった。減量の特典がなくなって純粋な実力勝負と
なるこれからの大レースでは、こんなことでは困る。
この年の皐月賞戦線は、獲得賞金のボーダーラインが高く、条件戦を2勝しただけでは抽選にも加わることができない状態だった。そのためネーハイシーザーは、皐月賞への出走は果たせず、ダービーを目標に新しくローテーションを組み直さなければならなかった。
「なんとかネーハイシーザーをダービーに出してみたい・・・。」
そう考えた布施師は、春蘭S(OP)から京都4歳特別(Glll)を叩いて日本ダービー(Gl)へと向かうことにした。ダービー出走のためには、もはや無駄な敗戦はひとつも許されない。
しかし、うまい騎手を呼んでくるといっても、この時期になると、たいていの一流騎手は騎乗馬を決めてしまっていた。これはという騎手ほど、血統的には地
味であり、さらに2勝馬といっても勝ちはいずれもダートの条件戦、というネーハイシーザーに乗ってもらうことは難しい。さてどうしたものか、と考え込みな
がら栗東のトレーニングセンターを歩いていた布施師の目にたまたま入ってきたのが、ベンチで他人の攻め馬を寂しそうに眺めていた塩村克己騎手の背中だっ
た。