お馬さんの深良い話し 番外編【ネーハイシーザー】パート5 | 元飼育員の競馬大好きな元JKによるお馬さん大好きブログ

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小さい頃から馬が好きでずっとジョッキーになりたかったんですけど、その夢はいとも簡単に叶わず、諦めて今は某飼育員をしています★競馬のことを中心に色々書いて行ければと思っています★よろしくお願いします!

『戦いの序曲』

 他の牧場へと移っていったネーハイテスコの「大道牧場への置きみやげ」となったネーハイシーザーは、最初はあまり目立たない平凡な幼駒だったが、生まれて1年くらいたったころからは目に見えて馬っぷりがよくなってきた。大道牧場の人々は

「これは期待できるぞ」

と思い始めるようになった。馬主は母と同じ馬主に決まり、厩舎も栗東の名門布施正厩舎に入厩することが決まった。布施師といえば、1982年のダービーを バンブーアトラス、89年の菊花賞をバンブービギン、そして90年の皐月賞をハクタイセイで制し、引退までに通算817勝をあげた名調教師であり、また多 くの調教師や騎手を育てたホースマンとしても知られている。

 体質が弱いという難点があったものの、調教で非常にいい走りを見せるネーハイシーザーに対し、

「こいつは調教駆けするなあ」

といいながらも、布施師の視線は期待に満ちたものだった。

 3歳の暮れに中京でデビューしたネーハイシーザーは、「調教の際のダートコースでの走りが素晴らしい」ということで、まずはダートのレースを中心に使わ れた。4歳2月の通算4戦目までに早くも2勝をあげたため、ネーハイシーザーの行く手にはクラシック戦線も見えてきた。地味な血統のネーハイシーザーだっ たが、その未来には無限の可能性が広がっていた。