因果応報 過去③ | 雪に耐えて梅花麗し

雪に耐えて梅花麗し

素直な気持ち

カフェオレに土地の味とか関係あるのかな?


しかも撮るだけとっておいて、上のボタンの


バナナオレ飲みましたからね…


カフェオレはカフェオレだろっつって…




○子供の頃の続きをもう少し

僕は むかしよく、怪我をしました。

16歳の頃は人差し指を切断(仕事)

18歳、眼窩下骨折&網膜出血(ケンカ)

20歳、椎間板ヘルニア(仕事)

ボクサー時代もちょいちょい怪我をしていますが

29歳、大きな交通事故に遇い骨を10本折る
(この事故がきっかけで 今の仕事に繋がる 人生の分岐点になるのですが それはまた後程)


そもそも集中力がなく 注意不足なだけなのでは?
客観的に自分を見てみると、そう思います。

そして、眼の怪我が原因で18歳から飛蚊症と付き合うことになるのですが、これが少し厄介で

今日も駅のホームで本を読んでいる際、蚊が来たとき いまいち自分の眼の飛蚊症と見分けがつかず、電車を待つ一時間

ひたすら蚊と戦っていました。

一度 蚊が気になると、本どころではない。



一人ホームで蚊と戦う。


電車は基本 一時間に一本。


そして、昔から勉強は嫌いでしたが

そこまで極端に素行が悪かった訳でもありませんでした。

よくいるクラスの明るい落ちこぼれです。


ただ16歳の頃に、保育所の頃から一緒だった友達が亡くなり

それから とんでもなくグレました。

全グレです。


結局18歳の頃に暴走行為で捕まり

逮捕

ワッパ

白ブタに乗って(専門用語)

鑑別所に入ってしまうのですが


当時の出来事は、今も鮮明に覚えています。




留置所に入れられてから


 しばらくすると



両親との面会がありました。



ガラス越しに両親と向き合ったとき


母親が泣きだしました。


泣いた母親に向かって


うるせー帰れと

バカなことを言いましたが



僕は罪の意識を感じ


初めて自分は悪いことをしたのだと

心から思い深く反省しました。

もう遅いですが


罪の意識がどんどん胸のなかで膨れ上がり


胸が痛みました。


自己責任です。



あの時の母親の涙があり



意識が変わりはじめ



それから少しずつ、真面目に生きようと生活を
始めるのですが…




思ったようにいかない日々は続く…




そりゃそうですよね、勉強しとかないと

社会がまるでわからないのですから

チリツモです




つづく。