田舎に生まれ、特に特技があるわけでもなく、ただ保育園から小学校、中学校、高校へと進んだ。
そこには自分の明確な意志なんて、どこにもなかった。
最初の転機は、高校1年の頃。
保育園から中学までずっと一緒だった同級生が、突然、この世界からいなくなった。
心にポッカリと空いた暗い穴に引きずり込まれるように、私の人生は悪い道へと一気に加速していく。
高校を中退し、土方の寮に入った。
結局、なんの取り柄もない中途半端な私は、その後もいくつもの職を転々とする。
お金が入ったら仕事を辞め、仲間と集まってはバイクで夜中に走り回り、たくさんの人に迷惑をかけた。
一番心配も、迷惑もかけたのは、間違いなく両親だった。
18歳の頃、集団暴走で捕まり、鑑別所へ。
留置所のガラス越しに、私の姿を見て涙を流していた母親の顔が、今でも脳裏に焼き付いている。
忘れることはない…
保護観察付きで鑑別所を出て、「今度こそ真面目になろう」と心に誓った
まさにその数ヶ月後だった。
5人に囲まれ、袋叩きにされた。
眼窩底骨折、網膜出血、全身打撲。
人間の醜さを、これでもかと見せつけられたような気がした。
悪い仲間たちとは、その時 完全に縁が切れていた。
怪我が治っても、中途半端な自分は変わらず、また職を転々とした。
22歳くらいの頃、空港で働いていた時、同僚が「お前が好きそうなテレビ番組が始まったぞ」と教えてくれた。
それが、ボクシングを題材にした番組『ガチンコファイトクラブ』だった。
中学生の頃、テレビの画面越しに見た辰吉丈一郎さんに憧れ、本当はボクシングがやりたかった。
でも、当時の自分には才能がないと諦めていたし、そもそも田舎にはボクシングジムなんてどこにもなかった。
だから、その気持ちをずっと心の奥底にしまい込み、いつしか忘れてしまっていた。
本当にやりたいこととはなんなのか、生きるとは、自分の存在とはなにか…
ガチンコファイトクラブ見ていて
いささか怒りが込み上げてきた。
あの頃、辰吉さんのボクシングを見たとき、ボクシングを好きになった自分を冒涜されているような気持ちになった。
ボクシングはそんなものではない、大切だからなかなか始めることの出来なかった聖地を荒らされているような気持ちになり、私の心に火がついた
封印していた感情が、激しく再燃した。
かつての暴走族仲間とも縁が切れていた。
何もない、本当に一人きりの空白の瞬間だったからこそ
私は生まれて初めて「自分のやりたいこと」と真正面から向き合うことができた。
当時、肩まであったロン毛をバリカンで坊主に丸めた。
必死にお金を貯め、大切にしていた車を売り払い、私は一人で東京へ飛び出した。
あの日、見上げた東京の空、動き出した私の運命。
そのすべてが、狂おしいほどに新鮮だった。
ルックバックを見たとき、ふと昔の自分を振り返り、今の自分を照らし合わせて、こんなものではないだろ自分は
そう思った
父親を亡くしてから、鍼灸師を目指した私は…
