アメリカ映画「市民ケーン」は当時としては画期的な撮影テクニックや斬新な演出を用いて、世界映画史の中でベストワンに選ばれることが多い。
演劇畑で活動していたオーソン・ウェルズが素人同然だった映画監督に初挑戦し、素人ゆえに映画理論の既成概念に縛られることはなく自分のイメージそのままに造り上げた作品だった。勿論その陰にはグレック・トーランドという名キャメラマンの力も忘れることはできない。
しかし、その画期的技術や構成は後の映画人が多用し、今ではスタンダードでありふれたテクニックとなってしまった結果、現在の初見視聴者には当時の驚きを感じとることはできないだろう。
歴史的意義を取り除いて後人の諸作と並べて展開や映像のみで作品を判断するならば、現在においては平凡で面白みのない作品と見えてしまいかねないであろうことは、時代的劣化の範囲内といえなくもない。
新聞王ハーストをモデルに制作した「市民ケーン」は創作ながらハーストの逆鱗に触れ、彼の持てるマスコミの力を最大限利用したネガティブキャンペーンで作品自体を抹殺しようと企てられた。そのため当時の評価は賛否両論になった。
しかし時代とともに否定派のネガティブキャンペーンが収まると、歴史的評価が高まり映画史上のベストワンと言われるようになった。
そしてこの「市民ケーン」がオーソン・ウェルズ監督作として最初にして最後の傑作となってしまい、その後は変なデブおじさんになっていくことになる。
