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名優や名匠と言われる人は数多い、その多くが有名な賞を得るとはいえ、ノミネートされながらも受賞を逃す人も少なくない。

代表的なアカデミー賞でも数多の無冠の巨人が存在する。

アカデミー協会会員の投票で決まるとはいえ運が大いに作用して、対抗する強力な映画や俳優が出てしまい受賞を逃す場合もあるのだろうが、どこの世界にも政治的な駆け引きが存在するのは止むを得ないようだ。

 

アルフレッド・ヒチコック、ハワード・ホークス、カーク・ダグラス、ピーター・オトゥール、リチャード・バートン、バーバラ・スタンウィック、デボラ・カー、ここに並んだ人はアカデミー賞に無縁な人だ。後に残念賞のような特別賞受賞で、お茶を濁された人もいるにはいる。

 

そんなアカデミー賞の内幕を描いた「オスカー」という映画も存在する。

スティーブン・ボイド演じる、あまり売れてない役者が幸運にもアカデミー賞にノミネートされ、受賞のために暗躍するという映画界アンチヒーローもの。

アメリカ映画によくある芸能界内幕ものの一種で、悪賢い一人の俳優を描いているとはいえ、自らのスキャンダラスな面ををよく描いたものだ。

名作が争った顛末としては、1951年のアカデミー作品賞にノミネートされた「欲望という名の電車」「陽のあたる場所」が強力な二作であり、会員の票が割れてしまい、結局三番手の「巴里のアメリカ人」が作品賞を受賞することになった。

先ほどの「オスカー」ではないが、モナコ王妃になるご祝儀というか、当時から金で買ったオスカーと囁かれていたのがグレース・ケリーの主演女優賞だった。

その年はドラッグ中毒を克服したジュディ・ガーランドの「スタア誕生」が受賞すると誰もが疑わなかったようだ。

その時をドキュメントにしたのがサミー・ディビスjrの書いた「ハリウッドをカバンに詰めて」に記されている。

サミーは授賞式当日にステージでアカデミー授賞式のハイライトを行いながらショウを行い、その最大のクライマックスがジュディ・ガーランドの受賞発表になるはずだった。

ステージが盛り上がる中、届いた受賞者を見てサミーは目を疑い、ステージは一挙に冷めてしまったという。

アカデミー賞という世界も政治的配慮や思惑が交差する魑魅魍魎の世界のようである。

因みに有名な話だが、オスカーとはアカデミー賞受賞者に送られる黄金像のことで、最初にその像が出来上がった時、アカデミー協会の女性事務員が「あら私のオスカー叔父さんそっくり」と言った事からオスカーが愛称になったという。

 

今年もアカデミー賞の季節になり、ノミネートが発表されたようである。