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「宇宙それは人類に残された最後の開拓地」という若山源蔵のナレーションが印象的なスタートレックシリーズはいまだに根強い人気を得ているようだ。

番組が始まったのは1960年代中頃、丁度アメリカのアポロ計画開始と同時期だった。

アポロ一号は悲劇的な事故で幕を開ける形となったが、スタートレック邦題「宇宙大作戦」はなんとか放送開始し一部に熱狂的ファンを生み出すことになった。

 

現実のアポロ計画は一号の事故から実験を重ね、七号の発射で地球周回を行い、続く八号で初めて月の周回軌道に乗せ、十一号で月への着陸を成功させた。

アポロ宇宙船の地球から月へのコースは、その約100年前にジュール・ヴェルヌの書いた月世界旅行で砲弾型宇宙船の辿ったコースと、ほぼ同じという事が当時話題になった。

そのアポロ計画の前段階のジェミニ計画は宇宙カプセルのランデブーやドッキングといった飛行の事前演習のような計画だった。更にその前のマーキュリー計画は、地球から宇宙空間に到達し地球周回するのを目標としていた。

宇宙計画自体は1957年のソビエト(現ロシア)による人工衛星スプートニクの成功により火が付いたと言える。

 

核実験の成功により軍事的にリードしていると安住していたアメリカは、突然のニュースにパニックを起こした。

それはとりもなおさず宇宙空間からいつでもアメリカ攻撃が行えるというメッセージに他ならなかったからだ

アメリカも急遽力を入れたのが宇宙ロケット発射だが技術力不足で度重なる失敗を期し、世界からとりわけソビエトの笑いものとなった。その失敗映像の一部は映画「ライトスタッフ」にも残されている。

その後なんとか人工衛星を打ち上げたものの、ソビエトとの差は歴然たるものがあった。

面目丸つぶれのアメリカはNASAを発足させ、敗戦国ドイツから連れてきて飼い殺し状態だったフォン・ブラウンの技術を元にマーキュリー計画を発足させ、有人宇宙飛行に邁進することとなる。

その経緯を描いたのが既に上げた「ライトスタッフ」で、その裏方で活躍した女性局員を描いたのが、以前も書いた「ドリーム」だった。

 

ケネディ演説の月への着陸を目標としたNASAは、当初ソビエトにリードされっぱなしだったが、1969年に月への一番乗りを何とか達成したわけで、その後も月着陸を行ったが三回目の月着陸船が事故を起こし宇宙での迷子状態となった三人のクルーを描いた映画が「アポロ13」だった。

アポロ計画に参加したフォン・ブラウンの当初の計画は、まず宇宙ステーションの建設が先行で、そこで組み立てられたシャトルで月着陸を行うという合理的経済的な方法だった。

しかし、とにかく月への一番乗りを優先させるため、NASAは多段式サターンロケットの使い捨て計画で無理やり月へ行くという形を選択し、膨大な資金を使う事となった。

当時は並行してベトナム戦争に莫大な出費をしており、結局アポロ計画は中途の17号で打ち切りとなった。

それ以降は月への着陸は行われていない。

アメリカロケットの失敗映像は、日本のアニメ「王立宇宙軍オネアミスの翼」でも自虐シーンとして拝借されている。