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アメリカは新大統領による数々の傲慢な発令により混沌としています。

アメリカンドリームとアメリカンデモクラシーは誰でも平等に夢が叶う理想的な世界でした。

しかし、それが一歩間違えるととんでもないものになるという側面も秘めているものです。

今回がそうならないでもらいたいものです。

 

日本は敗戦後、それまでの軍国国家から自由主義に移るための手本としてアメリカ映画が活用されました。

確かにマッケリーやキャプラといった理想的な民主主義を描いた映画が多数ありましたが、その裏にはネガティブな作品は企画で頓挫されたり公開されなかったりと、ある種の思想統制的な一面もありました。

そんな影を描いた企画も1970年代前後から、世界的なステューデントパワーに押され日の目を見るようになりました。アメリカ映画ではニューシネマがその一端を担っていました。

 

この1920年代のサッコとバンゼッティ事件は当初より冤罪の疑いの強い事件だったようで、この映画の数年後には冤罪の確定も出たようです。

映画以上にジョーン・バエズのテーマソングが心に響きます。

 

 

 

こちらは純粋なアメリカ映画で、形を変えたハイヌーンといった作品。

黒人と白人の対立構造を描いていますが、ラストはなんともハッピーなアメリカで理想と現実は違うのだよと思ってしまいますが、映画としてはこうせざるを得ないのかな。

 

しかし、監督のラルフ・ネルソンは以前より問題意識のあるテーマを扱う監督でした、が、しかしそこにはいつも白人の目でしか見ていない違和感が漂っていました。

有名な「野のユリ」はシドニー・ポワティエに黒人初めてのアカデミー主演男優賞を与えましたが、正直あれは政治的な意図を持った愚作以外の何物でもないと思います。

リッチな流れ者の黒人青年が教会作りで困っている白人シスターのために一人で教会を作り上げる、なんて非現実的な話を、公民権運動真っ只中のアメリカで誰が信じられるのでしょうか、そしてオマケは、白人に従順な黒人はご褒美にオスカーを上げるよ、ということでのようです。

ラルフ・ネルソンはその後「ソルジャーブルー」で騎兵隊のインディアン虐殺を描いています。

告発映画かと思い観ていた私は、上映後唖然としました。

そのいくらでも深みのあるテーマを単なるインディアン虐殺残酷見世物映画に仕立ててしまったのでした。ヤコペッテイもビックリです。

これで私にとってラルフ・ネルソンは、どうでもいい監督からいらない監督になりました。

 

 

そんなアメリカの危うい一面を描いたキューブリックによる傑作の雑誌広告。

20世紀にこれは起きませんでしたが、今後もあり得ないと誰が断言できるでしょうか。

この作品でタカ派の将軍に扮するジョージ・C・スコットの存在が、トランプに重なって仕方がありません。

 

今回はアメリカのネガティブな面を描いた作品ばかりでしたが、私自身の思考を構成しているものは結局アメリカ映画に根差したものであるのは否めません。

特にここ数日、TVで不愉快な大統領を見たくないので、古いアメリカ映画ばかり観ています。