10月になるとブラッドベリを思い出す。彼がその初期の作品集の邦題そのままに黄昏の国に旅立ってから10年以上経ってしまった。
Sf作家とジャンル分けされることが多いが、その作風はダークファンタジーとノスタルジーの詩人だろう。
彼のように少年の心を持ち続けて作品世界を書き続けられたのは実に幸せな事だった。
しかし彼の作品にしばし登場する少年のように純粋な人は、その純粋さゆえに脆く破滅に向かってしまうことが多い。純粋に生き続けるのがいかに困難かを知ってもいた訳である。
現実の世界は醜く欺瞞と諦めに満ちており中也のように汚れちまった悲しみを背負っていかなければならないのだろう。
ブラッドベリはあまり映像作品には恵まれていない。彼の世界を的確に表現できたであろう監督はロバート・マリガンだったのだが、ついにそれは実現することはなかった。
一頃のスピルバーグなら、映画「トワイライトゾーン」の老人のエピソードに近いものを感じられたのだが、今のスピルバーグにそれが残っているだろうか。
間もなくブラッドベリがこよなく愛したハロウィンがやってくる。ケルトの大晦日であり収穫祭とお盆のような意味合いを持つ宗教的な行事だが日本では単に仮装ごっこのお遊びになっている。それを定着させたのは川埼駅周辺のハロウィンパレードだろう、現在は渋谷駅前が大騒ぎ会場と化しているようだ。
日本ではそれでいいのだろう、もはやブラッドベリに浸れるほど若くも純粋でもなくなった世代には、それを眺める程度が相応しい。

