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手塚治虫の代表作というと「火の鳥」「ブラック・ジャック」「アドルフに告ぐ」等々枚挙にいとまはない。

しかし初期の代表作は大河ドラマとしては「ジャングル大帝」だが最大の人気作としては「鉄腕アトム」を挙げざるを得ない。なぜ否定的な書き方なのかというと手塚自身にとっては愛想半ばのキャラクターだったからだ。

コナン・ドイルのシャーロック・ホームズがそうであったように人気キャラクターは作者を呪縛し続けてしまう。

「鉄腕アトム」最初のエピソードは「アトム大使」という全く独立した長編物語だった。しかもアトム自身はサブキャラ的な存在で、テーマは異民族の対立と融和で、その懸け橋となるのがアトムの役割だった。

それだけ重いテーマを当時はわずか80ページほどで完結させてしまっていたのが初期の長編連載マンガなのだ。

しかし商売人である出版社はアトムというキャラクターに着目して勧善懲悪ヒーローとして活躍させるシリーズを手塚に求め、それが最終的には18年も続くことになろうとは作者自身考えてもいなかったことであろう。そしてアニメ化はアトムのヒーロー性を強調するルーティンシリーズとなり人気が沸騰していった。

「アトム大使」の頃はまだ画風が稚拙で不安定であったためもあって、後に連載時のものを全面的に描き改めて「鉄腕アトム」との整合性を図り、現在一般的に目にすることができるバージョンとなった。

実は雑誌連載版「アトム大使」のアトムは空を飛ぶことができず大砲に入り発射してもらっていたのだ。

そして連載時の設定では真空管によって動くロボットだった。

初期コンピューターが真空管式だったのを考えれば、ロボットに使われるのはむべなるかなである。連載中にはトランジスターが開発されていたとはいえ、家電製品等に一般使用されていたのはまだ真空管であり当時の最先端技術だったわけなのだ。

しかしラジオ等のトランジスターが一般化しても連載されるアトムは真空管仕様のままだった。

余談だが、アメリカでテレビ放送をするときの名前はアストロボーイだった。アメリカのスラングでアトムはオナラの意味だったからだ。