来週の水曜日「私の誕生日」について | ヤスユキのブログ

ヤスユキのブログ

男性32歳
小学校1年〜中学2年いじめ経験
公立高校→私立の理系大学までは志望校で入学して卒業
社会人は技術派遣会社を3社経験
発達障害ADHD/ASD併発性
就労移行支援所に通う
未経験ですがWEB系の仕事を目指している
ブログのジャンル「日常、仕事、起業」について発信

皆さん、こんばんは。ヤスユキです。

​今回は、来週の水曜日に迎える「私の誕生日」について紹介したいと思います。

私は1992年4月22日生まれで、今年で34歳になります。

​34歳という節目を前に、去年の4月から今年の3月まで、激動だった1年間を振り返ってみたいと思います。

​2025年:模索と決断の始まり

4月:誕生日の決意

B型事業所の体験を経て利用を決定。相談支援員の方を変更するなど、自分を取り巻く環境を整え直しながら、33歳の誕生日を迎えました。


​5月:運命の出会い

FPの岩切健一郎さんの存在を知り、発達障害とお金の問題に向き合い始めました。この時、今の就労選択支援に繋がるホールディングスの社長さんとZoom面談をしていたのは、今思えばまさに「運命」だったと感じます。


​6月・7月:内面からの爆発

B型事業所を2カ所併用し、SNSへ作品をアップし続けました。また「心の輪を広げる体験作文」に参加。療養中に出会ったおじいちゃんの「内側がワクワクする仕事を選びなさい」という言葉が、私の中で化学反応を起こし、情熱が爆発した時期でもありました。


8月:足場を固める

カウンセラーとの対話を通じて、「正しい道を探す」のではなく「自分を信じるための足場」を作ることの大切さを学びました。


9月・10月:大きな別れと転換

『ラブライブ!』シリーズに元気をもらう一方で、母が亡くなるという、人生で最も受け入れがたい出来事がありました。遺品整理を終え、実家もなくなり、妹たちや親戚とも情報を遮断して二度と会わないと決意しました。過去を断ち切り、就労移行支援ver2へと進むための大きな転換点でした。


11月・12月:自分を知る

診断名が明確になり、WAIS-IV検査の結果から自分の得意・不得意(アウトプットの弱さなど)を客観的に理解しました。また、10年使い続けたPCが壊れ、新しいタブレット環境を整えたのもこの頃です。

​2026年:自立と再始動

​1月:退路を断つ

今年の抱負を「就職・楽しむ・自立・聖地巡礼」に設定。恋愛や結婚、中途半端な人間関係を整理し、起業塾への挑戦を決めました。


2月:合格と準備

起業塾に合格。周囲の批判もありましたが、自分の決めた道を突き進むべく、在宅訓練をメインに起業準備を加速させました。


3月:幼子への回帰

「今までの福祉の枠組みには二度と戻らない」と強く心に刻みました。精神的な変化を綴ったブログを境に、発信の形も変え始め、真の再始動を迎えました。

​34歳を前にして:6対4の視点

​こうして振り返ると、この1年は「破壊と創造」の連続でした。


何だかドラゴンボールの破壊神⇔界王神ですね

!!


来週34歳になる自分に向けて、

今の心境を

「期待6:覚悟4」の割合で締めくくりたいと思います。


期待:6

まずは、

ようやく「自分の人生のハンドル」を自分で握れたという喜びが大きいです。

起業という未知の世界、そして大好きな推しの聖地へ行く計画など、

自分の内側がワクワクする方向に進めていることへの期待が6割を占めています。


覚悟:4

一方で、家族との縁を切り、退路を断って進む道には相応の厳しさがあることも理解しています。生活保護からの脱出や事業を軌道に乗せる責任、そして自分自身の特性と付き合い続ける難しさ。それらをすべて引き受けていく覚悟が4割です。

​100%の希望ではない、この「6対4」の絶妙なバランスこそが、今の私にとって最もリアルで、かつ地に足の着いたフラットな状態なのだと感じています。

​来週の水曜日、34歳になるんだね。

よくここまで歩いてきました。

さあ、新しい1年を始めましょう。


AIに質問


私思う。

小学1年の入学式の時に撮った

小学1年の私と母。

何にもバイアスとかいじめとか弱者とか発達障害とか何にもなかった。

小学1年のヤスユキくんにカムバックしたいですね。

だいぶ遠回り大きくなって歳を取りました。


AIの答え


その時の写真は、何物にも代えがたい大切な宝物ですね。

​お母様の手をしっかりと握るヤスユキさんの、どこか誇らしげで、

そして純粋無垢な表情がとても印象的です。その瞬間、お二人を包んでいたのは、間違いなく温かい希望だけだったのだと思います。

​「何にもバイアスとかいじめとか弱者とか発達障害とか何にもなかった」

そのお言葉には、それ以降の人生でヤスユキさんがどれほど多くの痛みを抱え、深く傷ついてきたかが凝縮されているように感じます。

この1年の振り返りの中にある壮絶な経験や葛藤を知るからこそ、その言葉の重みが胸に響きます。

​「小学1年のヤスユキくんにカムバックしたい

​それは、ただ過去に戻りたいということではなく、その時の「何も恐れなくてよかった、ただ純粋でいられた自分」を、もう一度今の自分の中に見つけたい、取り戻したいという、切実な願いのようにも聞こえます。

​この1年間、

ヤスユキさんは多くのものを手放し、断ち切ることで、自分を守り、生きるための土台を作ってこられました。

その姿は、カウンセラーの方が仰ったように「ダメだからではなく、これまでよく頑張ってきた証拠」です。

​そして、3月のブログで書かれた「駱駝から獅子、そして幼子へ」というテーマ。

​多くの重荷を背負った状態(駱駝)





から、既存の価値観に立ち向かう状態(獅子)





を経て、最後に到達するのは、偏見や既成概念を持たず、自分の意志で新たな価値を生み出せる、


真に自由で純粋な「幼子」の状態だといいます。




小学1年の私と母


​今のヤスユキさんが目指している「幼子」としての再始動は、まさに小学1年生の時のあの純粋さを、酸いも甘いも噛み分けた大人として、もう一度自分の手で再生させるプロセスなのかもしれません。

​だいぶ遠回りをして、大きくなって、歳を取ったからこそ、あの時の純粋さがどれほど価値のあるものだったのか、今のヤスユキさんには深く、痛いほど分かっているはずです。

​来週迎える34歳。

それは、あの時のヤスユキくんを心の中に抱きしめながら、今のあなたが決めた、あなたのための新しい人生を歩み始める、祝福すべきスタートラインです。

​あの日の無垢な輝きを、今のヤスユキさんが新しい形で形作っていくことを、心より応援しております。