大前研一さんについて | 昼の紅茶のブログ

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大前研一さんについて

 大前研一さんは、「平成維新」という本を発売した時に、特に注目した。大前研一さんは、松下幸之助さんの思想や経営を研究したようだが、道州制という概念に加えて、日本をよくするための処方箋がたくさん、惜しみなく盛り込まれていた。「平成維新パート2」も出版されたし、その後も、実行可能なアイディア集をたてつづけに出版されていた。

 今でこそ、マッキンゼーは、日本でも有名になっているが、大前研一さんが、日立の原子力設計の仕事から日本支社設立を目論んでいたマッキンゼーに転職して、実地で猛勉強中のノートを「企業参謀」という名前で売り出したり、トライアド・パワーという本などが、ハーバードビジネススクールの教科書になったりして、大前さんの活躍が著しかったため、日本支社が設立されたという。その後大前さんは、日本支社長からマッキンゼーの取締役になっている。
 その後、「平成維新の会」というのを立ち上げて、賛同する市民や政治家なども多かったが、やはり、政治の世界は単純ではなく、また、処方箋が、国民の平均的な意識を多分20年~30年以上先取りしていたためだろう、なかなか進まなかった。
 そのため、応援団の応援団は疲れる、という周りの声に推されて、都知事選に立候補するが、部屋に篭って、選挙活動もほとんどしなかった青島幸男氏が当選した。
一新塾などもされていた、大前さんは、「大前研一敗戦記」という本を書いて、自分は政治家には向かないと、さっさと切り替えて、アタッカーズスクールなど、起業家育成の学校や放送でMBAの資格がとれるボンド大学などとの提携の道を切り拓いて、大活躍されている。
  

また、マサチューセッツ工科大学の大学院に留学されるなど、大前さんは英語が堪能で、奥様もアメリカ人である。「ボーダーレスワールド」、「インヴィジブル・コンティネント」などは、英語で書いて、アメリカ(英語圏)で最初に出版し、それを日本語に訳してから日本で出版されたほどだ。新渡戸稲造の「武士道」が英語で書かれて、日本語に訳されたように。そういう人は、岡倉天心さんとか、あまりいらっしゃらないと思う。それとともに、この2冊は、大前さんの書物の中でも、大変重要な2冊であると思う。経済の上では、国境がなくなりつつあること、インターネットが、「見えない大陸」を形成しつつあることなど、時代に先駆けて、あらたな経済を言葉でたくみに表現されている。





 私が残念なのは、当時の大前さんが提案した政策を全部とはいわなくても、何割かでも実行していたら、「失われた20年」なんていうことにはならなかったのではないか、ということだ。大前さんは、政治家に向かないなんて言うが、立案者と執行者は、違っていていいのだ。過去の軍隊でも参謀と指揮命令系統のラインは、わかれているものだ。
その参謀の戦略・戦術をいかにたくにみ実践するかが、リーダーの腕なのだ。確かに外資系のマッキンゼーで鍛えれているし、日本向け手法には合わなかったところもあったのかもしれないが、執行者ではなく、コンサルタントであるから、国策であれば、最終決定者は、国民と日本の議会、そして政治家や大臣、総理大臣なのかもしれない。すべてが受け入れられるわけではないにしても、である。
 
 残念ながら、日本には、大前さんの処方箋を実行できる政治家はほとんどいなかったということだろう。今頃、道州制やその他の施策が多少現実的話題になりはじめている、とういうようなところであろう。民主主義は、時間がかかる制度で、やむを得ない面もあるが、歴史に「もし」は無いということを承知で言えば、あの1990年代に大前さんの提案を少しでも実行する政治家がいたならば、と思うことがあるのだ。
 過去の本を見てみても、これからでも是非実行してもらいたいものが多く提案されている。絶版になっているのがもったいないほど、現在でも通用する知恵の詰まった本がをたくさん書かれているのだ。

 余談だが、東日本大震災の時の福島第一原発事故の時に、いち早く声をインターネット経由であげたのも大前研一さんだった。20代の頃は原子炉の設計者だったわけだから、その方面のスペシャリストでもあった訳だ。
今後も、大前さんの知恵を無駄にしないで、古本からでもいいから、今でも斬新な提案を吟味してほしいものなのだが・・。
もちろん、大前さんは今も現役で、有益な本を書き続けていらっしゃる。