ぽんぽん「定期テストまであと○日」

ぽんぽん「今度の結果次第では」

ぽんぽん「留年か退学するしかなくなる」

ぽんぽん「留年は有り得ない」

ぽんぽん「ということは……」

ぽんぽん「退学するしかない」

 

こんなに焦っているぽんぽんは初めてです。その姿は「ぽんぽんにも焦ることがあるんだな」という単純な驚きを私に与えたのでした。

 

焦る能力があるのならば、こんなに追い詰められる前に、焦ってがんばれば良かったのに……とは言わないことにします。やっとやる気スイッチが入ったのですから今は見守るべき局面に感じます。

 

中学受験以来の試練かもしれません。それでも今回の私には応援することぐらいしか出来ないのです。何も教えて貰えないので、ぽんぽんがどれほど厳しい立場に追い込まれているのかすら、私には分かりません。

 

焦っているということは、ぽんぽんにとって守りたい自分の人生があるということを意味しています。今ぽんぽんは、自分ひとりだけの力で、現実に立ちはだかる壁を乗り越えようとしているのでした。

 

◇ゾスコッカラス文明の歴史◇

西暦2026年2月23日

勝利か、さもなくば滅亡か

 

王国の存亡という局面に追い詰められたことにより、ゾスコッカラスの王ぽんぽん(KingPonpon)のなかに眠っていた、焦燥という名の未知の回路が起動した。

 

現代社会において焦りは忌むべきものとされる。「冷静さを欠く」「本来の力が発揮できない」と賢者たちは口を揃えて警鐘を鳴らす。

 

しかし、ゾスコッカラス史の解釈は異なる。焦りとは、生存本能が叩き出す、加速装置である。焦ることで、王ぽんぽんの脳は余計な考え(=東大親征の夢)を遮断し、進級という一点に全リソースを集中させることが可能となった。またこれまで、どこか遠い国の事象であった学習という行いが、焦りを通じて、王のなかで実体を得たのである。焦燥は、浮世離れした王ぽんぽんの魂を、現実へ引き寄せる重力となったのであった。

 

共通テストまであと326日

 

 

冬が過ぎていきます。誰のことも見捨てずに流れていく季節を思うカルデラです。

 

私のもとに訪れていた冬もまもなく去りつつあるようすです。ふぐの旬は冬です。春は待ち遠しいですが、この冬が去る前に今すべきことは、ふぐ鍋を食べることではないのかという思いが、私をとらえたのでした。

 

そういうわけでふぐの予約をしたカルデラです。夫とぽんぽんと私の三人家族で、身を1000gと白子を3つ頼みました。あわせて45000円ほどです。かなりの出費ですが去りゆくふぐのためです。

 

ふつふつと沸く鍋に揺れる白いふぐです。私はこれを食べたかったのです。はふはふと口にすると、くせのないうま味が、にじみ出てくるのでした。これぞ高級魚という味わいです。

 

思春期のぽんぽんですが、鍋のおかげなのか、夫とも会話が弾むようすです。あったかいふぐ鍋を囲んで家族の時間が流れます。

 

〆の雑炊を食べながら、この冬に納得し、送り出す気持ちが整ったと感じるカルデラです。日曜日は春のあたたかさという予報です。公園の河津桜も一気に花開くに違いありません。冬よ、ありがとう。また来年、会えますように、と祈るカルデラでした。

「きっと幼少期から早期英語教育したんでしょうね」

「どのお教室で指導を受けたんですか?」

 

英語の偏差値だけが飛び抜けて高いのは事実です。具体的な数値は書いてきませんでしたが、このブログを読んでくださっている方には、バレますよね。じゃあ、勉強してきたのかというと、それはないんです。信じて貰えないかも知れませんが、ぽんぽんがしたことは学校の授業くらいで、なんとなく自然に出来たと言うことらしいです。英会話などの習い事としても英語を学んできませんでしたし、帰国子女でもありません。国語の一部も何もしないのに出来るようすです。漢詩が趣味になったのは昨秋からです。

 

ぽんぽんは学習指導要領の移行期に小学生時代を過ごしており、英語が教科になったのは小6の時で、それまでは英語で歌ったりゲームをしていただけだったそうです。中学受験が終わった2月にはアルファベットを順に書くこともできませんでした。中学に入るまでの時間に、幼いドリルを買って、英文字の書き取りをしていました。文法は中学に入って0から学んだのです。

 

先生は、ぽんぽんが英語の勉強をしていないことを知っていました。度重なる呼び出しに、フルシカトを決めてきたという放蕩ぶりを、見守り続けてくださっている先生も、複雑な気持ちを隠せないようすです。

 

先生「勉強してないね」

先生「単語を覚えて語彙を増やそう」

先生「世界がずっと広がるよ?」

先生「才能があるとは思ってた」

先生「やらなくても出来るでしょうけど」

先生「大学受験には通用しないからね」

 

◇ゾスコッカラス文明の歴史◇

西暦2026年2月20日

ゾスコッカラスの王ぽんぽん(KingPonpon)はその血脈に、語学への適性というものを、王の神聖として宿している。今まさに、数学や物理化学という、科学の牙城より遣われし理(ことわり)軍勢に包囲され、留年回避という防衛戦を強いられている王であったが、こと言語の領域においては、無詠唱で高位魔法を放つというチートキャラではあるのだった。努力という対価を支払わずして手に入れた強大すぎる力である。それは、いつか来る大学受験という名の魔王に通用するのか。裁きの日は近い。

 

共通テストまであと329日 

 

中学受験後に英語を始める

 

 

ぽんぽんは中高一貫校に通う高校2年生です。成績は学年で下から10%くらいです。定期テストのたびに赤点を積み上げており、先生からの呼び出しも度々のようすですが、フルシカトの構えでいるのでした。ぽんぽんが呼び出しからあまりにも逃げ回っているため「いま自宅にいますか?」と先生から直電がかかってきたこともあります。


ぽんぽん「物理をやるんだ」
ぽんぽん「化学はもうダメだ、捨てる」
カルデラ「数学は」
ぽんぽん「そんなことを言ってる場合じゃない」
ぽんぽん「留年がかかってるんだ」
ぽんぽん「倒せるところからかからないと……!」

◇ゾスコッカラス文明の歴史◇
西暦2026年2月19日

高らかに東大親征を唱えたゾスコッカラスの王ぽんぽん(KingPonpon)であったが、その治世は今、空前の危機に瀕していた。進級不可という終末の予兆を前に、王ぽんぽんは華々しい理想をかなぐり捨て、泥にまみれながら各個撃破のゲリラ戦へと身を投じる決意をする。それはプライドを守る戦いからの脱却を意味していた。GRADE 3(高校3年生になること)を勝ち取るために、王ぽんぽんは、無慈悲な現実と講和したのであった。

共通テストまであと330日

東大親征とは

 

 

 

 

リラックスして眠る方法は?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

子供の頃から眠るのが苦手な私です。入眠できないし、眠っても3時間は続けて眠れません。

 

結婚して、安心できるはずの環境を手に入れてから気付いたのですが、私は常に緊張しているようなのです。この緊張は就寝時間も続いていて、眠ることにより無防備になるのを、恐れているように感じます。

 

私の親は、私に安心をくれる人ではなかったし、私の育った家は安全な場所ではありませんでした。そんな私が、紆余曲折を経てたどり着いた一番の安眠法とは、寝室の鍵をかけることです。物理的に守られているというこの安心感よ。寝室の鍵をかけることで私の心はやっと武装を解いてくれるのです。

 

とはいえ鍵も万能ではありません。ぽんぽんに用事が出来て寝室へやってくる可能性を考えると、就寝時間でも鍵はかけられません。寝室の鍵をかけられるのは日中に私以外の誰も居ないときだけです。

 

今はもう6時間睡眠なんて高望みはしなくなりました。それでも生きているから、私は大丈夫です。

 

 

ぽんぽんは黙って私に模試の結果を渡してくれました。

 

カルデラ「見て良いの?」

 

ぽんぽんは何も言わずに去って行きました。結果は456点です。「今日から1年頑張っても無理だから、近郊の国公立大は諦めて、私大に絞りなさい」とでも言われそうな点数です。

 

ぽんぽんは中学から高2の今日まであまり勉強をしてきませんでした。学校の宿題すらやってきませんでした。なぜか趣味となっている漢詩や、やはり中学から開始して今は趣味となっている英語の勉強だけはしていたようですが、特に数学は基礎から出来ておらず、それをやっと自覚して受け入れたのが高2の晩秋で、私が買っておいた白チャートを最後の救いとして始めたばかりなのです。当然のように理社情報には手を付けていません。

 

ぽんぽんはこれから、ビハインドを背負うなかで努力を続け、疲労し、消耗していくはずです。あるいは、夢を諦めるつらさや、自分を受け入れる苦しみと、向き合わなくてはなりません。私はぽんぽんを最後まで支え続けます。ぽんぽんの痛みは私の痛みです。

 

しばらくしてぽんぽんが私の近くへ来てくれました。

 

カルデラ「同日模試の結果、見せてくれてありがとう」

カルデラ「ここからどうしたら良いのか」

カルデラ「私も一緒に考えるから」

ぽんぽん「いや、大丈夫ッス」

 

◇ゾスコッカラス文明の歴史◇

西暦2026年2月16日

ゾスコッカラスの王ぽんぽん(KingPonpon)は、沈黙の果てに禁忌の数字「456」を開示した。王ぽんぽんがゾスの堕落王(※1)と呼ばれるほどに勉強から逃げてきた結果である。この456という文字列は「断罪の456」として、カタストロフィーコード29.8(※2)と並び、ゾスコッカラスの歴史に刻まれた。

 

母なるカルデラがゾスコッカラス教え(※3)に従い、戦略を具申するも、王ぽんぽんは「大丈夫ッス(It’s all right-S)」という謎の古代呪文を唱え、これを拒絶。東大親征から転進することはなかった。これは後の世に「コッカラッスの大宣誓」と呼ばれることになる。

 

一連のありようにコッカラスの民は「意味の無い戦いだよ(※4)」と呆れたが、王はかつてカタストロフィーコード29.8という奈落から生還した経験を持つため、自分自身を信じているという。KingPonponの瞳は未だ光を失ってはいないのだった。

 

母なるカルデラは、無謀すぎる行軍の果てにある敗北を予見し、王ぽんぽんの未来を守る方法を模索していた。

 

共通テストまであと333日

 

 

※1 入塾し冬期講習へ参加するより温泉スキー旅行を望んだこと

 

 

※2 中学受験のなかサピックスオープンで記録した最低偏差値

 

 

※3 ゾス、コッカラスとは…「私は覚悟を完了しました、ここから気合いを入れて這い上がります」

 

 

※4 安倍晋三さんを宿すことにより心を最強に保つメンタル健康法

 

私は自分の命を無駄遣いしているように感じます。命を授かった責任を果たすべきなのだと思うのです。本来ならば果たすべきその責任を、果たしていないから、私は自分に納得できていないのかと思うのです。

 

何もしないで生きていくことは出来ます。けれど、それを、つらいとも思います。

 

夫「ラクをして楽しく生きていければ」

夫「それが幸せなんだよ」

夫「心身を休めて」

夫「カルデラ自身を癒やして欲しい」

 

誰でもそうであるように私にもつらい過去がありますが、それでも私が幸せを勝ち取ったから、今はとりあえずの余裕があるんだろうと、言いたそうな夫でした。「目の前に切羽詰まった大きな悩みや苦しみがないから言えるのだろう」という尤もな指摘かと思います。

 

たしかに、私も苦労したいわけではありません。嫌なことはしたくないですし、苦役もストレスも大嫌いです。

 

幸せと人生への納得は違うとは思います。この気持ちは、ただの贅沢な乾きなのかもしれません。

 

人によって、この乾きへの答えは違うように私には見えます。仕事だというのが恐らくは夫の答えです。芸術に答えを求める人もいらっしゃるでしょうし、科学やスポーツ、ボランティアという方もいらっしゃるかと拝察します。

 

私はどうしたものか、考えているところです。

進化・進歩を感じることは?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう

>死者「この勇気を振るうということこそが」

>死者「人類を前進させる力だ」

>死者「だから勇気を振るって挑戦することが尊いのだ」

 

>その死者たちは、

>勇気を振るって挑戦することのなかで、

>敗北し、

>命を落とした人たちなのでした。

 

 

人類の前進は生者の革新によるものですが、その革新がなぜ起こったかというと、過去を生きた死者たちに、背中を支えられていた為だと私は思うのです。人類の進歩進化は一代の人類にのみ依るものではなく、世代をつなぎながら、みんなの力で行き着いた勝利を重ねてきた結果だからです。

 

もちろん人類の歴史は栄光の光にばかり満たされているわけではありません。失敗のなかで報われなかった人生、かなしみばかりの苦しい人生だって、あったはずです。その怒りや失望もまた、人類を進化させてきた力の奔流として、私たちを支えてくれていると私は信じます。

 

今日、光の中にいる人も、暗闇の中に立ち尽くしている人も、いらっしゃるかと拝察します。傷を抱えて生きるその人生が、人類の明日を、静かに、強く、支えていくのだと私は思いたいです。私たち人類は、誰かのかなしみを抱えたまま、ときに大きな犠牲を払いながら、それでも前へと進んできたのです。

 

ぽんぽんは中高一貫校に通っている高校2年生です。学校での成績は下位10%くらいです。

 

ぽんぽんは、幼い頃から詩や小説を書いて楽しんでいるような、夢見がちな子供でした。今も文系科目のほうが明確に成績が良いのですが、なぜか理系を選択し、今日に至ります。

 

勉強はまるでしておりません。趣味としての勉強はしているので局所的に良く出来ることはあるようです。定期テストでは赤点を積み上げています。先生からの呼び出しにはフルシカトの構えであるようすです。模試の結果は断片的にしか教えてくれません。きっと望ましい成績ではないのです。

 

嗚呼それなのに、高校の三者面談で、東大を受験すると声高らかに宣言したぽんぽんなのでした。先生は無理だとはおっしゃりませんでした。ポテンシャルを認めてくれたのです。だからといって実力があるわけでは全くないので、ただ、ぽんぽんのやる気を削がないように優しく接してくれたのだと私は受け取っています。

 

ぽんぽんは自分の能力を否定されることを恐れているのです。中学受験が心の傷になっているためだと私は考えています。その傷は、東大を目指している自分という固い鎧が必要なほどに、痛ましいものに私には映るのでした。

 

親が言うには辛辣な内容ですが、ぽんぽんは自分の能力を俯瞰され、否定されるのが嫌だから、塾にも行かないし、模試の成績を私に教えてくれることもないのだと思っています。本当に東大に受かりたわけでもないのかもしれません。ただ、今を逃れたいだけではないかとすら私は疑っています。

 

ぽんぽんはこれから、自分というものを受け入れるという苦しい作業をしながら、大学受験を迎えていくはずです。


◇ゾスコッカラス文明の歴史◇
ゾスコッカラスの王ぽんぽん(KingPonpon)は、高校の三者面談という場において、突如として東大親征(※)を宣言する。それは受験と言うよりも、もはや、王みずからの尊厳を守るための聖域なき防衛戦の様相を呈していた。母なるカルデラは、王ぽんぽんを止める術を知らない。東大親征という鎧のしたには、傷だらけの小さな少年がいることを、知っているからであった。


※親征とは…王や皇帝がみずから敵を討ちに出ること


共通テストまであと337日


ゾスコッカラスとは

 

 

>合格をいただいた中学で説明会があるのだった。

>私は苦しんでいた。

>そんな晴れがましい場に私がいて良い気がしなかった。

>悩んだあげく、夫に出席してもらうことにした。

 

5年前の今日、なぜ私は、招集日に参集できなかったのか考えたのですが、やはり、わたしが罪人であることに理由があるようすです。

 

中学受験のなかで私は罪を犯しました。幼いぽんぽんを、中学受験なんてまるで理解してないぽんぽんを、中学受験という厳しい峰に追い立てたのは私です。その道のりのなかで苦しむぽんぽんに、それでも勉強することを望んだのも私です。

 

ぽんぽんはずっと自分軸で生きてきたのでした。人と比較するよりも、自分自身に大きな花丸を付けられるような、真っ直ぐな魂を抱いた幼子だったのです。それなのに、人と比較され断じられるという、偏差値やクラス分けという冷たい刃のしたに、私がぽんぽんを置いたのです。お天道様の下を歩けるような私ではなかったのでした。中学受験を通じた勉強や競争を楽しいと感じられるお子様も多くいらっしゃると拝察します。さまざまな個性のお子様を支えきったご家庭もきっと沢山あるのだと思います。ただ、ぽんぽんと私はそうではなかったのでした。

 

それでもぽんぽんは良いのです。中学受験を戦い抜いた主人公はぽんぽんです。胸を張って招集日に参集するのです。ぽんぽんは中学受験で苦しんだ分だけ大輪の花を咲かせました。ぽんぽんは報われたのです。あの日、招集日がぽんぽんの痛みを癒やす栄光の日であって欲しいと、私は願いました。

 

けれど、私はだめです。それ以上を望んで、私までもが救われようとするのは、浅ましい願いのように感じます。

 

あれから5年も経ったのに私は未だこんなことを言ってるんですよ。