子だぬきぽんぽんはうずくまって泣きました。

 

子だぬきぽんぽん

「もう、ぽんぽんの格付け(偏差値)は上がらないんだ!」

 

自分の価値が、塾から出される「たぬきの格付けチェック」で決まってしまうと信じ込んでいた、子だぬきぽんぽん8歳冬の出来事です。

 

 

母だぬきカルデラは震える子だぬきを強く抱きしめていいました。「そんなことはない、ぽんぽんは賢い。やさしくて、綺麗な毛並みに、くりくりした瞳をもった、世界で一番可愛い子だぬきだぽ。たぬきの格付けチェックがどうであろうと関係ない」

 

それでも子だぬきぽんぽんは、母だぬきカルデラの手をふりほどくと、自室へ走って行ってしまいました。

 

 

8年後の母だぬきより

子だぬきぽんぽん、今のぽんぽんはね、あの頃よりもずっと高い、雲を突き抜けるような、たぬきの世界では最高峰の誉れ高い東京大学と呼ばれる森を見上げていますよ。

 

そこには蜜の滴る甘いきのこがあるんだってぽんぽんは言うんです。挑戦できるのかもまだわからないけれど、でもね、子だぬきぽんぽんは自分で戦う爪を研ぐことを覚えて、自分の足で立って、自分の道を自分で決めることが出来るようになっているんですよ。

 

相変わらず、たぬきの格付けに一喜一憂しているけれど、8年後の子だぬきぽんぽんは、たくましく、大きく育っているからね。

 

そして母だぬきはね、子だぬきぽんぽんのそばにずっと居られたんですよ。ずっと一緒に歩いてこられたんです。母だぬきカルデラは世界に感謝したいようです。この空を、この大地を、世界を形作っているすべてのものに、ありがとうといいたいんです。

 

 

その1

 

その2

 

その3

 

その4

 

伝説の参考書が復刻されていると知ったカルデラです。

名を、精講漢文、と言います。

 

 

私は昭和に産まれ、昭和と平成を生き、そして受験戦争を戦った女です。あの頃の輝きは、今も、この心のなかに生きています。だから、復刻という響きに抗いきれずにいるのでした。

 

カルデラ「伝説の参考書があるんですが」

ぽんぽん「要らないッス」

カルデラ「漢文なんだけれども」

ぽんぽん「学校で配布されたのがあるんで」

 

取り付く島もないようすです。伝説は、伝説でしかないのかもしれません。今の時代にあった学習参考書というものが、やはり存在していて、学校の先生はそれを戦略的に選んでくれているに違いないのです。ぽんぽんは学校を信頼しているのでした。

 

ですが、だからといって、私の思い出が消滅するわけではありません。当然のごとく精講漢文を注文したカルデラです。

 

「もう一度、勉強しよう……」

 

あの受験戦争を戦った昭和の女とは、このような生態をしているのです。あの頃の、叶わなかった夢を思い出しながら、到着を待とうと思います。心の痛みは今も消えません。それでも、あの日の涙を癒やせるのは、私自身しかいないのです。私は参考書を通して、思い出と正対します。

 

 

◇ゾスコッカラス文明の歴史◇

紀元2026年5月4日 

聖典召喚の刻

母なるカルデラは、伝説の聖典「精講漢文」を再びこの世に召喚した。しかし王ぽんぽん(King ponpon)は来るべき冬の東大親征を目前に古典に心を寄せる余裕など微塵も持たなかった。母にとってそれは涙の聖典である。思わず「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と呟くのだった。それでも母なるカルデラは強く思う。「私が過去を忘れても、過去は私を忘れない。私が生きてある限り、聖典は何度でも蘇るだろう」

 

共通テストまであと256日

 

 

 

このブログには書いて来なかったのですが、もちろん、学校から個別の呼び出しを受けています。今日はその顛末を綴ろうと思います。

 

冬休みが始まると、早々にカルデラ家は温泉スキー旅行へ行ったのでした。

 

 

蔵王の朝は晴れ渡り、透き通った空気に心洗われながら、夜の間に降った綺麗な雪を心楽しく眺めていました。行楽気分満開です。ホテルはスキー場に直結しています。心そぞろに手続きを終えて「さぁ、滑ろう!」というまさにそのとき、携帯電話がカルデラ家を呼び止めたのでした。

 

携帯を確かめるとぽんぽんの通う中高一貫校の名前が表示されています。一気に現実に引き戻された私は心を建て直すようにして電話に出たのでした。

 

担任の先生は「三者面談を冬休みのうちに行いたい」とおっしゃいました。そして冬休みの間は真剣に勉強するように強く重ねて強調されていました。

 

面談が行われたのは、温泉スキー旅行から帰宅して、年が明けてからの冬休み中です。先生は、数学や物理化学の点数が一桁台しかとれていないこと、これでは単位を取れないこと、でも3学期に頑張れば赤点をまぬがれる可能性があることを話して下さいました。結果として、ご高覧の皆様はご存じかと思いますが、進級は叶ったのでした。

 

◇ゾスコッカラス文明の歴史◇

紀元2025年12月

雪山防衛戦「因果の旋律」

 

歴史家は記す(上記リンク)

>河合塾から特別選抜ハガキという支援物資を得ながらも、

>温泉スキー旅行に敗北。

>これにより、後の雪山防衛戦を余儀なくされる。

>またノットゾスを選択した王ぽんぽんは

>「ゾスの堕落王」として歴史に名を刻むこととなった。

 

そのときゾスコッカラス王国には油断という名の平和が満ちていたという。しかし温泉スキー旅行を選択した王ぽんぽん(King ponpon)を受験の神が見逃すことはなかったのである。予言通りに打ちのめされる王たちを神秘の宿る白銀の霊峰が静かに見つめていたのだった。

 

共通テストまであと260日

昨年の11月末に手作り味噌を仕込んだのでした。あれから過ぎること半年ほどです。私は「発酵は順調に進んでいるだろうか」と案じつつ、ワクワクしながら時を待ったのです。

 

味噌樽を開いていきます。部屋に若味噌の華やかな香りが広がります。漬けて半年にある初夏の味噌は、発酵に勢いがあり、強い香りを放っているのでした。

 

味見をしてみるカルデラです。塩辛いですが、強い甘みを持っています。金山寺味噌に近い雰囲気です。市販の加熱処理されているお味噌とは違う味わいがここに在ります。

 

これから季節が進むにつれ、味噌の発酵も深まっていくはずです。今日はこの味噌を楽しむために、葉生姜を求めて、お店へ行こうと考えるカルデラでした。

>どうやら、宿題をサボったり授業中に寝ているうちに、

>数学について行けなくなったようすです

 

>やっとの思いで私に打ち明けてくれたのでした。

>ずっとひとりで耐えながら、

>何度も数学にチャレンジをして、

>そして挫折してきたぽんぽんだったのです。

 

>私は学校の成績はもう気にしなくて良いと言いました。

>どんなに悪くても怒らないから、

>学校の進度は無視して、

>自力で基礎から進めていったらどうかと提案しました

 

 

 

あれから2年の歳月が流れました。高校1年生だった中高一貫校のぽんぽんは高校3年生に成長しました。

 

「学校へご相談に上がって、先生にすべてを打ち明けて、もう、どこから手を付けたら良いのかすらも分からないのだと、助けを求めてみたらどうか」とも、私はぽんぽんに提案したのです。ぽんぽんはそんなことは出来ないと言いました。結局は、自分が勉強しなければ何も成せないことは分かっていると、主張したのでした。

 

ぽんぽんは学校で配られた教材を歯を食いしばって頑張っていたようです。その教材や宿題を私は見せて貰いましたが、私からみれば数学が呪文状態に陥ってしまった人にとっては、意味が無いほどに難しい内容にしか見えませんでした。

 

私は黄チャートと白チャートを、ぽんぽんの許可を得ず、勝手に買い求めぽんぽんの部屋に置いておきました。黄チャートをまず解いて、分からなければ白チャートに戻ってみるように、伝えました。

 

ぽんぽんは私の言うことなどガン無視で難しい問題に挑戦し続けました。そして高校2年生の秋になりました。留年が掛かっていました。数学の成績は裏Ⅴ(下から5番目以下)まで落ちていました。そのとき、ついに私が買っておいた黄チャートと白チャートに、手を付けてくれたのでした。

 

それから4ヶ月の間、ぽんぽんは図書館に通い、ずっと数学を勉強してくれたのです。三学期の定期テストでは順位を100位ほど上げてくれました。ぽんぽんは成し遂げたのです。ありがたいことです。

 

数ⅠAは独学で進めて春休み中に終えたようです。今は数ⅡBと物理を勉強しているようすです。ゴールデンウィークまでに数ⅡBは終えられるようです。

 

東大は夢ですが、それでも、東大受験への夢を持っていることが、今はぽんぽんを走らせる動力となっています。

 

◇ゾスコッカラス文明の歴史◇

紀元2026年4月24日

紀元2024年5月、王ぽんぽん(King ponpon)は、かつてない暗黒の時を迎えていた。怠惰に溺れること3年と1ヶ月。王は学校から下賜される呪文の書を全く理解できなくなっていた。深海へと沈んでいたのである。母なるカルデラは、王の学力を鑑み、王の部屋に黄金の教典(黄チャート)と純白の福音(白チャート)を静かに置いた。しかし、若き王は、それを手に取ることを拒んだ。他者の助けを借りず、自らの力で戦うことこそが、王の証明であると信じていたからである。だが、運命の時計は、留年という名の審判を刻み始める。高校2年生の秋に裏Ⅴ(下から5番目以下)まで沈んだ王は、ついに黄金の経典と純白の福音を開いたのだった。それからの4ヶ月、王は図書館という名の精神と時の部屋に籠もり、数学との格闘を続けた。そして迎えた紀元2026年の冬である。王ぽんぽんは深海の底から100の階級を飛び越え、浮上した。

 

ゾスコッカラス―――

私は覚悟を完了しました。ここから上を目指します。

 

ゾスコッカラス文明の掲げるこの尊き精神が結実したのである。

 

共通テストまであと266日

 

 

 

>安倍さんが撃たれてから3年の年月が経ちました。

(※昨年7月時点)

 

>カルデラ「フランス革命もアメリカ独立運動もロシア革命も」

>カルデラ「みんな暴力じゃない?」

>ぽんぽん「これだから昭和の人は血なまぐさい」

 

>ぽんぽん「俺は教育の力を信じる」

>ぽんぽん「世界は変るんだ」

 

>カルデラ「世界は多様でいろんな価値観があるから」

>カルデラ「ひとつの道徳でまとまることなんて」

>カルデラ「難しいんじゃないかな」

>カルデラ「だから教育にも限界がありそう」

 

 

 

去年の7月に書いた記事が出て来ました。この記事で私は、法律や倫理に反することはいけないという正論と、今まさに追い詰められている個人はどうすれば良かったのか、という割り切れない思いのなかにあるようすです。

 

その割り切れない思いへの答えを、ぽんぽんと私は会話のなかで求めているのですが、ぽんぽんは哲人政治を例に取り「みんなが賢くなれば解決するんじゃないか」と主張しています。私は「世界は多様なので価値観というものの前では教育にも限界がある」と言っています。

 

あれから月日は流れましたが、心のモヤモヤは消えていません。正論に現実が負けるとき、生まれ出でるものはなんでしょうか。

 

正論の外側にあるけれども、確かに存在する人間の心や社会のありようを、切り捨てながら、私たちの社会が進んでいくだけで良いはずがないと私は思うのです。

 

また、今のところ哲人政治で言う完璧な哲人は現れていません。私たちは、誰かに期待するのではなく、不完全なまま、モヤモヤを抱えつつ社会を成し続けるしかないのでした。だからせめて、考え続けることを辞めないでいたい、と思うカルデラでした。

昔、メンズナックルというファッション雑誌がありました。

 

「ガイアが俺にもっと輝けと囁いている」

「一つだけ言える真理がある。男は黒に染まれ」

 

といった魂を震わせるキャッチコピーが紙面に刻まれていたものです。

 

あれから幾星霜。

 

―――黒に染まれ

 

その言葉が、記憶の底からふと私を呼び止めたのでした。黒に染まれとはどういう意図を持って生み出された言葉だったのでしょうか。改めて私は考えてみることにしたのでした。なぜ、黒なのでしょうか。どうして命令形をとっているのでしょうか。

 

まずガイアは、私たちを黒くはないという前提で囁きかけていることが分かります。そして黒です。黒は何色にも染まりません。何があっても黒は黒なのです。

 

私たちは社会のなかで人に紛れ、清潔感を保ち、極端に目立たないよう無難に、あまり尖ったことをせず常識をわきまえる、といった白い世界にいるのだと考えてみました。

 

そういった社会に馴染もうとする自分を捨て、誰にも染まらない、唯一無二の自分になれという自己変革を促していると考えてみることにしたのでした。

 

「なに、飼い慣らされてるんだよ……」

「牙を剥け!」

「ストリートは戦場だ」

 

そういった覚悟を促す号砲だったのかと思いました。私は疲れているのかもしれません。

反出生主義を唱える人が、ネットに存在するくらいの知識は、私にだってありました。けれど「反出生主義は決して論破できない」といわれた私は、とても驚いたのです。

 

ネット上で、ですが反出生主義を唱える人に出会ったときに感じたのは「この人は心が傷付いている」ということでした。

 

「俺の人生はかなしい」

「このかなしみはおまえなどに論破されるはずがない」

 

と叫んでいるように感じたのでした。ですから、反出生主義を唱えるに出会っても、私からは何も言うことがなかったのです。きっと「俺の人生はかなしい」と強く思う人にとって、反出生主義は、魅力的で甘美な思想に映るのだろうと、私は受け取ってきたのでした。

 

私も園児の頃から20代前半ぐらいまでは、この世から消えることばかりを考えていました。だから、人生とは生きていたくないほどの苦しみばかりだという感覚を、甘えだと斬り捨てたりは絶対にしません。

 

けれど「反出生主義は決して論破されることのない固い論理である」といったことを誇らしげに言われて、なんだか驚いてしまった私です。そんなわけがないと直感的に感じたのでした。

 

反論をいちいちあげ連ねるのも、私の頭弱をひけらかすようなので省略しますが、私は「反出生主義は決して論破されることがない」とは考えていません。

 

私は昭和の女です。無駄に長く生きています。若い頃はあんなに消えたかった私ですが、縁あって結婚したら案外と幸せに成れたのと、運良く子供を授かって育てているうちに、いつのまにか自分自身までも育てなおしていた、というラッキーな経験があります。そして、人生とはかなしみと不幸と苦しみ痛みばかりでもないと、納得していったのでした。

 

私の書いたことは、今まさにかなしみのなかにある人には、響かないとは思うのです。

 

「おまえは良かったよな、おまえは」

 

ぐらいのことは言いたくなるのかもしれません。実際に不幸ばかりのなかで亡くなる人だっていらっしゃるのが世界というものです。

 

ですから「この世はかなしい」という立場を否定しようと私は思いません。ただ、立場というか、人生の捉え方がそれぞれ違う、という事実はあるのでした。

 

反出生主義を「論破不能な固い論理」だと信じられる人と、「そんなわけがない」と思う人では、人生に対する価値観の違いがあり、それは互いが論理的に崩せないような絶対真理ではなく、前提を共有していないだけだ、と私は考えています。

 

未来の私が更なる不幸を経験し「やっぱり反出生主義こそが救いだよね」という日だって、くるのかも知れないとは思っているのでした。

 

 

 

7月18日-19日 代ゼミ 東大入試プレ

8月2日 河合塾 東大入試オープン 

8月9日 駿台Z会 東大入試実戦模試 

 

8月までの予定を立てようとして、ぽんぽんと話をした結果、このプランとなりました。他には学校で受ける模試があります。

 

ぽんぽんは、東大しか考えていないのです。1月にあった共通テスト同日模試では456点しか取れなかったのに、それでも、一筋に東大を思っているのでした。浪人する気もないようすです。

 

模試とは、何のためにあるのでしょうか。私は、ぽんぽんが現実を受け入れていくための、苦しい手段となるだろうと考えていました。けれど、ダメです。ぽんぽんは本気でここから勝つ気でいるのです。模試の結果が悪かったくらいで諦めるはずがありません。そのうえ他の大学も考えていないのです。ぽんぽんは、そういう人です。

 

そして、夢が人間を成長させるエンジンであるならば、私が諫めるという選択肢も、ありえません。いつか「もう無理だ」と私が判断したときには、私が引導を渡します。そのくらいの覚悟は母である私は持っています。

 

ぽんぽんは中学受験を経験しています。そのなかで「模試とは何か」という答えを既に持っているのでした。

 

模試とは、今の自分の実力を正確に測り、弱点をあぶり出し、残り時間を有効に使うためのツールです。共通テスト同日模試の結果でぽんぽんが折れなかったのは、それを知っていたからです。

 

模試は敵ではありません。高い得点を叩き出すためにヤマを張るなどの工夫をして対応すべきものでもありません。味方だと捉え、胸襟を開いて、今の自分の力を分析して貰うべきものです。それを理解していてもなお、一喜一憂し、僅かな数値に振り回されるものなのです。

 

 

◇ゾスコッカラス文明の歴史◇

紀元2026年4月16日

王ぽんぽん(King ponpon)は「断罪の456」という頼りない力しか持たぬまま、東大親征の夢に挑もうとしている。ゾスコッカラスの民は「籠城せよ(滑り止めを固めよ)」「身の丈に合った戦いをせよ(志望校を下げろ)」と囁く。しかし王は、現状の学力からの目線を良しとしなかった。たとえ兵力差が絶望的であろうとも、鶴翼の陣を敷き、全軍を横に広げて東大という巨大な敵を包み込もうとしている。それは、若き日の徳川家康が「舐められてたまるか」と城門を開き、武田騎馬軍団に突撃した、あの血気盛んな魂のようでもあると、母なるカルデラは思うのだった。

 

共通テストまであと274日

いつものように5時前に起床すると、洗濯場にジャージが出されていました。昨夜にはなかったはずです。

 

これは、もしかして、今日の授業で必要なのではないのか、と私は焦りました。「大丈夫だ、落ち着け、ぽんぽんが登校するまで未だ時間があるはず」と、自分自身を落ち着かせながら、洗濯を始めた私です。

 

もしも、私のひとり暮らしだったら、こんな出来事は起こらなかったに違いありません。子育ては、いつだってドラマチック。毎日が波瀾万丈なのです。また、過去17年の鍛錬の日々が私を逞しく育ててくれたようすです。

 

ぽんぽんはもう高校3年生です。あと僅かであるはずの子育てを、私は楽しんでいきたいと思いました。

 

「……人生よ、ありがとう」

 

ジャージが洗濯機で回る重い音だけが、夜明けの自宅に響いていました。