たくさんの理論や手法がある
それぞれに目的がある。だからそれぞれ違うものである。
というのは表面上の話であって、
結局のところ、ほとんど全部同じことだったりします
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「あなたはなぜ○○をしようと思ったのですか?」
そのきっかけ、動機、目的を教えてください。
そこを大切にして、そうして手法や手段を選択するのが良いかなと思います。
そうじゃないと・・・
振り回される、崇める、すがる、これが真実だ!と盲信するから。
さて、瞑想を含め、タイトルにある
「たくさんの理論と手法」というのは幾つかのタイプに分けられると考えています。
「天使、○○という神、妖精、自然、宇宙、別次元(高次元)、守護霊、守護天使、ガイドなど・・・」
に会う、話をする、メッセージを受け取る。
1、自分の外側の存在、自分の外側に目を向けるタイプのもの
「ハイヤーセルフ、ロイヤーセルフ、魂、本当の自分など・・・」
に会う、話をする、メッセージを受け取る。
2、自分の内側の存在、自分の内側に目を向けるタイプのもの
「過去生、前世、未来世、インナーチャイルド、○○トラウマなど・・・」
に会う、話をする、メッセージを受け取る。
3、自分を見ているけれど、今ではない時間軸に目を向けるタイプのもの
「個の超越、真我を求める、ワンネス体験、悟り、無我の境地など・・・」
に至るためのこと。
神秘体験の有無がついてまわる。
4、今の自分を超えた何か、今の自分ではない何か、になる(戻る)タイプのもの
「体の感覚、何を考えたか、何を思ったか、心を落ち着かせるなど・・・」
5、今の自分の感覚や感情に目を向けるタイプのもの
私は
自分で「自分」というものに目を向けること、対話をすること・・・
そういうことは、本当の意味では 出来ない、と考えています。
つまり、自分で自分は見えない、自分で自分を知ることは出来ない。
しかしながら、求める答えやヒント、したいこと、進む方向などを知っているのは「自分」だけだと思います。
誰かから「これが答えです」とか「これが使命です」と一方的に与えられることこそ、信じるべきことではない。
自分で自分は見えないから、自分で自分を知ることは出来ないから・・・
だから!!
外側に対象を創ったり、内側に対象を創ったり、
今ではない自分を創ったり、今ではない自分になりたいと願ったり、
感情や感覚に目を向けたりするのです。
自分を何かにあてはめる、何かに自分を照らし合わせる、ということです。
上に挙げたタイプ
どのような見方・解釈をしようとも、どこかに対象を置いているのは、まぎれもない事実。
2番は自分自身そのものと向き合っているように思うけど、
それですら「内側」という対象を置いていることに気づけるだろうか。
だから良いとか悪いという話ではなく、そういうものだという話。
自分を何かにあてはめる、何かに自分を照らし合わせる
そういう手段を講じている。
数多くある世界観、数多くある解釈はそのため。
その手段によって答えを得る。体験を得る。
得やすくするためには
休む間もないほどに考えている思考を静かにするのが得策。
だから、切り口として挙げた瞑想 [ 頭を落ち着ける、ココロを落ち着ける ]をするんですよ。
たまに行うくらいで良いけれど、重要だと私は思うのです。
(ちなみに私が実践しているのは5つ目のタイプです)
と、話が瞑想に戻ってしまいましたが・・・
切り口としただけあって、いろいろと大切だということです。
だって瞑想って、
観察したり、集中・夢中・没頭したり、脱力したり、ぼぉーーーとすることですもの(笑)
やっぱり、難しいもの、特別なもの、という先入観強いですからね。。
まあ、私も最初はそうでしたから、気持ちはわかります。
長くなったので、ここで小休止。
次がラストかな・・・
何を選択しましょうか~~~、というまとめです。
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